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母であり父であり。トランスマン、親になる。

レジの列が非常に長い近所のスーパーマーケット。
列も一列だけではなく数列ある。
隣の列に、年の頃は8歳と5歳と思われる女の子の姉妹と母親らしき大人の計3人がいた。

「おかあさん、おなかすいたよ〜」とアクセントのない流暢な日本語で姉の方が母親に言った。
妹も「わたしもすいた〜」と母親に日本語で言った。
「もう少しだから我慢してね〜」と母親も日本語でなだめていた。
父親の姿はなかったが明らかに白人男性だと思われる。なぜなら姉妹はハーフ(ミックス)だから。姉妹の顔立ちは美しく、ニコニコしていてかわいい。

その様子を見て、私のことを「お母さん」って呼んでくれる存在がいたらなぁ〜とふと思った。

子宮内膜症で今日も苦しい。
それに母になる努力もしなかった。
いないものはいない。
今後もあり得ない。
諦めはついている。

そんな時、GAY友カールくんが 9月12・19日号の”TIME”誌をくれた。

その中に、母になることを諦めず、努力した人の記事が載っていた。

トランスマン(女性から男性)が妊娠し、出産したのだという。

トランスマンの名前はエヴァンさん。35歳。女性のパートーナーがいる。マサチューセッツ州ボストン在住。彼のお姉さんジェシーさんが記事を書いている。

“TIME”誌の記事はオンラインでも読める。

記事のタイトルは、
“My Brother’s Pregnancy and the Making of a New American Family”
『私の弟の妊娠と新しいアメリカの一家族の誕生』。(超訳でアシカラズ)

こちら〜

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生まれた時の性別は女。
心は男子。
男にもなりたいが、母にもなりたいという相反するような願いだが、エヴァンさんは十数年の歳月を掛けて、二つの夢を叶えた。

20代、テストステロンを摂取して男になった。乳房と子宮卵巣の切除手術はしてない。将来母になろうと思っていたから。

30代、流産を乗り越えて、2回目の妊娠で無事に出産!
パートナーが女性なので提供の精子を使用。精子バンクからなのか知人からなのかは記事では言及されていなかった。

男性の外見になるためと維持のために男性ホルモンであるテストステロンが必要。しかし、受精&妊娠と胎内で健康な赤ちゃんを育てるためには不必要なホルモンになる。だから、妊活中及び妊娠中はテストステロンは体内には入れられない。
だから、トランスマンの妊男(ニンオ)は、男になったのにまた女に戻ってしまうという体の変化に伴う恐怖やホルモンの変化で落ち込んで苦しむ人が多いらしい。エヴァンさんは幸いなことに落ち込みや悩むことはなかったという。妊娠・出産を経験した他のトランスマンの自助グループにも助けられたという。

妊娠はしたことはないが、ホルモン治療を現在もしている身としては、大海原の小舟のように激しくホルモンには翻弄されるので大変辛いのが分かる。

仕事関係、家族、友人、パートナーなど周囲の理解とサポートは必須だ。それと受け入れる医療施設も必要だ。トランスマンが妊娠して安心して出産できるという医療環境がボストンは整っているらしい。

それに、何よりも現実問題としてお金が必要だ。

出産までの過程で医療費など、日本円で合計1,200万円以上という費用が掛かったそうだ。
体外受精(IVF)の場合はもっと掛かるとのこと。
WOW!高額だ!

トランスマンの誰もが母にはなれない。費用を考えると断念してしまう人もいるだろう。その前にトランスマンになろうと思っても男性ホルモン・テストステロンが保険でカバーされる場合もあるが、自費の場合はお金が掛かる。ストレートの女性も同じだ。不妊で体外受精(IVF)をしたくても高額で諦めるかもしれない。しかし、お金を掛けて試みても授からない場合もある。

エヴァンさんは仕事を続け、男になっても母になる夢を諦めず母になった。

男性ホルモン・テストステロンの摂取を止めると、排卵が始まるらしい。
エヴァンさんはしばらく母乳で我が子を育ててから、テストステロン摂取を再開するという。テストステロン摂取をすると母乳が出なくるなるのだろう。

基本的に彼の体はとても健康なのと思う。
羨ましい!!!!

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ところで、雑誌のページをめくり、ヒゲもじゃの顔と毛が生えているおっぱいで母乳を与えている写真にはびっくりした!!!

しかし、OKだとすぐに思った。

お母さんはつるつるで毛がない!
というのが今までの固定されたイメージだが、そうじゃない母もいるということを受け入れて認める!

そうすると、ヒゲも胸毛もある男ママがいることは全然変なことではなくなる。
偏見も差別も受け入れる側の問題。

筆者のお姉さんはエヴァンさんの妊娠中、トランスジェンダーに対する差別意識からくる暴力の対象になったらどうしようと不安だったらしい。
何事もなく無事に助産師のもとで出産。

父親が50歳の時にGAYであることをカミングアウトした時から彼らの両親は離婚しているという。3人きょうだいでエヴァンさんは末っ子。
長女の筆者と次女はレズビアン。家族のセクシャリティーもさまざま。

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TIME September 12-19, 2016から。息子さんに授乳しているエヴァンさん!

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ヒゲ&胸毛もじゃもじゃの男ママが存在する現代アメリカ。

世界に存在するセクシャリティーはストレートの男とストレートの女だけではない!トランスマンの母もいる。医学が発展した現代は医学の力で本来のジェンダーになれるし、生物学的な性で子孫も残せる。

トランスマンが妊娠・出産して母になった実際の人数はまだ把握されていないそうだが、LGBTの専門病院、Fenway Instituteでは約2千人のトランスメンが診察に来ており、母になっているトランスマンは多いはずだと言っている。

トランスマンの妊娠・出産はエヴァンさんが初めてではない。拙ブログにも紹介している。2008年4月6日の記事。

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女の子の赤ちゃんが授かったトーマスさん!

トランスマン ・ママがこれからも増えるであろうと推測されている。

男になったから母にならない、母になれないということはなく、生物的には女で生まれたのだから、母になりたいという生物の本能がある!!
共感できるし、理解できる。
病気でかつ生殖能力のない私でもふとよぎる時はあるのだから。

実現できる人は限られた人達かもしれない。
しかし、夢は叶えられるという「夢」が持てる!!

妊娠・出産はゴールではなく、子供は育っていく。
しつけ、教育、パートナーさんとの子育ての役割や分担など、エヴァンさんの子育て奮闘記を読みたいものである!
今後、出版なり記事なりブログなりレポートして欲しい!

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後日談:トランスマンの妊娠・出産の記事が載っているから私に“TIME”誌をくれたのだと思っていたら、カールくんはそういう記事があったことも知らずに(もちろん読んでもいない)、リサイクルに出すなら私にあげようと思ってくれただけ〜というのが判明!www

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セックスは両脚の間(性器)に、セクシュアリティーは両耳の間(大脳)にある。
by マリー・カルデローン医学博士。

ノーベル文学賞と詩人ビルディングとパーティーとGAY映画祭

先日お伝えしたPoet Building「詩人ビルディング」と呼ばれていたEast Village(イーストヴィレッジ)のアパート。

ビートジェネーションの詩人アレン・ギンズバーグがパートナーと一緒に住み、彼を慕うアーティストが集まって来た。
そのアーティストのひとりが、ボブ・ディランだった!!!!

ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞のニュースは誰もが驚いたはずだ!
私個人的にはイーストヴィレッジに関係しているボブ・ディランがあのノーベル文学賞を受賞して大変嬉しい!!

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詩人ビルディング、437 East 12th St New York, NY

アレン・ギンズバーグもボブ・ディランもともにユダヤ人。アレン・ギンズバーグは15歳年上。ボブ・ディランは父のように彼を慕っていたという。
アーサー・ラッセルといい、アレン・ギンズバーグは面倒見がいいGAY MANだったに違いない。
カールくんを筆頭にGAY GUYSは私に手料理をご馳走してくれたり、GAY BARではドリンクをおごってくれたり、ダメな私を励ましてくれたり、確かにとても面倒見がいい!!

下記写真はアレン・ギンズバーグのイーストヴィレッジのアパート(詩人ビルディング・上記写真)で演奏するボブ・ディラン。

October 15 1975 - photo c. Gerard Malanga

October 15 1975 – photo c. Gerard Malanga

“Subterranean Homesick Blues”『サブタレニアン・ホームシック・ブルース』にアレン・ギンズバーグも出演している。
日本で初めて発売されたボブ・ディランのシングルとのこと。1965年発売。
ミュージックビデオというものがなかった時代だった。記録映画のオープニングとして撮影されたとのこと。

今見ても格好いい!!!斬新だ!

多くのアーティストやミュージシャンに影響を与えたんだなーとしみじみ思う。

ビートジェネレーションを私に教えてくれた大学の同級生男子はボブ・ディランの大ファン。
早速彼に「ノーベル文学賞受賞おめでとうございます!」とメールを送った😊😊😊

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ところで、イーストヴィレッジで毎週金曜日に開催されてるパーティーが面白いという噂を聞いてGAY友2人と計3人で早速行ってきた。
もちろんGAY パーティーである。

通常はストレートのBARが金曜日の夜だけGAYナイトになる。ヘルズキッチンのようなおしゃれな雰囲気は全くない、まさにイーストヴィレッジィー/East Villagy(造語!形容詞に変化)!!

オープンは夜11時。11時半に行ったのだが、人はまばら〜。
しかし、深夜1時には大入り満員である。
みんな背が高いから彼らの肘が私の頭にガンガン当たって痛い!これも懐かしい痛みである。

地下フロアーもオープン。そこもPACK!!!
呑めや踊れの大盛り上がり!!

面白いという噂が広がっているのだろう、ヨーロッパ人の観光客と思われる方々も多数いた。

久しぶりにイーストヴィレッジィー/East Villagyの世界に身を置けてとても楽しかった。

私の世代でニューヨーク近郊の大学に入学した友達は、当時は恐ろしくてイーストヴィレッジ(East Village)には行けなかった!怖くて地下鉄にも乗れなかったと言っていた。ジャンキーはいるし強盗に遭うから。しかし、変な人たちが集まって面白いエリアだったのだ。

つい先日、あるGAY GUYとどこに住んでいるの?という話になった。イーストヴィレッジ/East Villageはお上品になってしまってつまらないと言われて、悲しい気持ちになっていたところにイーストヴィレッジィー/East VillagyなGAYパーティーがまだ存在している!そのことに感動すら覚えた!

いつまで続くかは分からない。
そんなところもパーティー系が面白いところでもあ〜る。

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East VillagyなGAYパーティー!ってよく分からないよね(汗)

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ところで、来週からニューヨークのLGBT映画祭であるNewFestが開催される。何本かを鑑賞する予定でいる。

オフィシャルサイトはこちら〜

オープニング上映作品は“THE PASS”『ザ・パス』というクローゼットのサッカー選手が主人公のイギリスの映画である。主人公を演じるのは、私がとても感動したIvo van Hove(イヴォ・ヴァン・ホーヴェ)演出によるアーサー・ミラーの戯曲“A View From the Bridge ”『橋からの眺め』でクローゼットのGAY、ロドルフォを演じたRussell Tovey(ラッセル・トヴェイ)である。

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THE PASS”『ザ・パス』のパンツ一丁のラッセル・トヴェイ!鍛えられた体だ!!ゲームしているのかな?

ファンが舞台上の本物のラッセルくんを見て感激のあまり失神したというニュースもお伝えした。

監督は”THE PASS”が初めての長編映画というBEN A WILLIAMS(ベン・A・ウィルアム)。

若手の監督がGAYをどう描くのか???
非常に気になる。

本国イギリスでは今年12月に封切りとのこと。

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2人の関係は?

予告編をどうぞ!!

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本日2本立て!時代の先を行くGAY青春映画とGAYポルノ業界の殺人事件を描いたGAY実話映画

先日、韓国のゾンビ映画を観に行ったところ、ある映画の予告編を観て頭&胸がいっぱいになってしまったとお伝えした。

とっても気になって気になって仕方なかったカナダ映画“Closet Monster”『クローゼットモンスター』が封切りになったので、早速鑑賞してきた。

映画館はウエストヴィレッジにあるIFC CENTERである。

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上映10分前にシアターに入る。

誰もいなかった!

ミャンマーのGAY映画“Gemini”を鑑賞した時のように今回もホームシアター状態か?と思ったが、個人で観に来たそれぞれ男性3人とGAY友達かカップルかの2人組とバラバラで女子2人が上映間近に入ってきた。

私のためだけに上映してくれる(笑)ホームシアター状態も悪くはないのだが、広いシアターに自分ひとりだけだと心もとないので、数人でもほっとする。

***

それでは、“Closet Monster”『クローゼットモンスター』の感想をお伝えしようと思う。

*** WARNING!!!! ネタばれを含む内容なのでご注意を!!! ***

主人公のオスカーくん。卒業を控えた高校生。

『線が細くて痩せている若い青年だけ』が醸し出す独特な雰囲気に包まれ、
まさに「みずみずしい」という言葉がぴったりだった。

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主人公オスカーを演じるConnor Jessup(コナー・ジェサップ)くん。

GAY映画というと、GAYであることを隠して女性と結婚、GAYであることでいじめられたり、ストレートの男の子に恋をして失恋したり、親に勘当されたりなどとと不当な扱いをされて苦しむ姿が定番である。しかし、“Closet Monster”『クローゼットモンスター』は違った!!!

主人公オスカーくんは高校生。子供の頃からハムスターを飼っていて、ハムスターと話ができるのだ。高校卒業後はニューヨークの学校に行きたいと思っている。自分とは正反対の不良ぽっいワイルダーくんに恋心を抱く。恋心=性欲もあり、彼にFANTASY・妄想を抱く。仲良しの女子友もいる。子供の頃に喧嘩ばかりしている両親が離婚。母親は出て行き、父親と暮らしている。両親の離婚でオスカーくんの心は深い傷を負っている。別の家庭を持ち幸せそうな母。その一方で、離婚から全く吹っ切れていない父。
そんな父と息子オスカーくんとの親子の葛藤がメインテーマの映画だった。

息子オスカーくんがストレートであっても同じく父と息子との葛藤はあるわけで、GAYだから悩む・苦しむ・・・というのがメインのテーマではないのだ。

GAYに生まれたことはもはや論じられることではなく、誰もが10代の時に経験する恋や進学や家族の問題をGAYの男子高生を主人公にして描いているところが、GAY映画史上初ではないだろうか? とても衝撃的だった。

“Closet Monster”『クローゼットモンスター』は時代の先を行っているGAY青春映画だ。

カナダは同性婚が認められたのは10年も前。カナダではGAY世界の状況と権利と精神性が他の国とは別のレベルに達していると映画を観て思った。

GAY映画も進化しているのである。社会とともに。

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監督&脚本はStephen Dunn(ステファン・ダン)氏。GAYを公言している27歳。カナダに生まれて育った彼らのGAY世代の問題はレベルを超えてもはやストレートと同じであるとことを認識させてくれた映画であった。若い才能に乾杯であ〜る

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ところで、今回もGAY関連映画の予告編があった!!!
“King Cobra”『キングコブラ』というタイトル。

どうにも内容はGAYポルノ業界が舞台で、とってもかわいい男子をめぐる大人の争いのようである。
それにしてもGAYポルノ男優役の男子がかわいいいいいい!CUTE!!!

本編、早く観たい!!
気になる〜!!

こちらが予告編である。

もまたもやジェームス・フランコが登場していた!
ストレートだけどいつもGAYを演じるジェームス・フランコ。

調べてみると、プロデューサーとしても名を連ねている。
GAY関連映画に携わることとGAYを演じるのが本当に大好きなようである。

“The Huffington Post”(ハフィントン・ポスト)のインタビューでは
「彼のアートの中ではGAYだそうで、実生活ではストレート」と語っているのを読んだ。

2015年3月15日の記事である。こちら〜

私の心はGAY MANだけど、病気でずっと辛いが女性の体のままでいいと思っているので、ジェームス・フランコの気持ちは分かるような・・・気はする。

さて、さて、気になってどんな映画なのかを調べてみた。

ストーリーは、GAYポルノの人気スター、Brent Corrigan(ブレント・コリガン、1986年10月31日生まれ、そろそろ30歳)をめぐって2007年に殺人事件にまで発展してしまった実話を基にしているという。えええええええ〜!完全なるフィクションではなく実話ものである!!それもそんなに昔ではない事件である。

ブレント・コリガンくんをGarrett Clayton(ギャレット・クレイトン)くんが演じる。
かわいいではないか!!1991年3月19日生まれの25歳!ディスニー映画出身。
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予告編で観たギャレット・クレイトンくんは本当に愛らしい!!

彼(下記写真)↓↓↓↓↓↓↓↓が映画のモデルになっている、実在のGAYポルノ人気スターの本物ブレント・コリガンくん!

彼も非常にかわいい!!
マイGo-Go Boyであるブランドンくんになんとなく似ているような気もするが、そうでもないか。名前はちょっと似ている(笑)。
格別にかわいい!かわいいだけではない!彼の出演しているGAYポルノを観た!
人気者になる全ての要素を備えている。かわいい顔!大きなペニス!かわいいボトムくん!人気が出ないわけがない。

殺人事件は彼が19歳の時に発生したらしい。

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かわいい以外の言葉が見つからない!

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悩殺の眼差しだ!

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NYUの学生にいそうだ。キャンパスナイトで踊っていても不思議ではない。そんな雰囲気も彼の魅力なのだろう。

GAYポルノ製作会社コブラビデオの社長をクリスチャン・スレーターが演じる。久しぶりに見るクリスチャン・スレーター!大人の渋みが増している。
ジェームス・フランコはブレント・コリガンくんを我がモノにしようとするライバルのGAY役だ。彼のパートナーを演じるのはKeegan Allen(キーガン・アレン)。

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ジェームス・フランコ(右)とキーガン・アレン(左)。お二人とも鍛えられた体だ!

しかし、ブレント・コリガンくんはこの映画について「ボクの名前を使うのは許可したけど、内容はボクの承認を得ていない!真実を基にしていない!QUEERカルチャーを侮蔑しているし、GAYポルノを笑いものにしている!!!」と真っ向から批判している。その記事はこちら。

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左がブレント・コリガンを演じるギャレット・クレイトンくんと右の7 UPの水着がモデルになったGAYポルノスター(だった—>現在はGAYポルノには出ていないようだ)ブレント・コリガンくん。

監督は、Justin Kelly(ジャスティン・ケリー)。セクシャリティーは不明。GAYじゃないとGAY映画を撮れない!描けない!というわけではないとは思うのだが気になる。

監督の前作 “I Am Michael ”でもジェームス・フランコが主演&プロデューサーを務めている。GAY活動家だった人物が180度変わり、キリスト教の牧師になり、女性とも結婚してアンチGAYとして活動をしている実在の人物の話だという。そういう映画があったことすら知らなかった。

『キングコブラ』のポスターが映画館の売店の横に貼られていた!左側はクリスチャン・スレーターであ〜る!メインに貼られていなかったのがちょっぴり悲しかった・・・。

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『キングコブラ』は今年のトライベッカ映画祭で上映されたということだ。

アメリカの公開は今月21日からである。

魅力的だからこそ誰もが観たがったブレント・コリガンくんはお金のなる木だった。

事実とは異なるようだが、予告編を観る限り安ぽっい再現フィルムではなそうだし、興味深い内容なので観ようと思っている。

一緒に観に行こうとカールくんと約束した。他のGAY友も誘って行こう!ギャレット・クレイトンくんがスクリーンに登場しただけで、きっと大騒ぎになるはずだ!

先日、GAY友5人とでスリラー映画 “Don’t Breathe”『息を止めろ』を鑑賞した時、ひとりのGAY友が「ギァーーーーー!!!ギァーーーーー!!!ギァーーーーー!!!」という連続大絶叫を発し、他の観客にも伝染!!なんと会場が一体となり、叫んで騒ぐことが目的のようになってしまったのだった!!!
ニューヨークでホラー映画を観るといつもお祭り状態にはなるのだが、 “Don’t Breathe”ではより一層盛り上がった!

Sony Pictures Entertainment Don't Breathe Poster
スリラーや恐怖映画慣れしてしまっているかせいなのか?私個人的には夜眠れないほど怖くはなかった!

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追記&訂正: 前回のブログ記事2016年10月1日付けの『East Villageに住んでいたGAY藝術家 〜詩人ビルディング〜』について、カケルくんから連絡があり、Allen Ginsbergのカタカナ表記は「アレン・ギンズバーグ」なのに「キンズバーグ」となっているとのこと。

キ(誤)——> ギ(正)

やばーーい!

慌てて訂正した。

バカが露呈!!

お恥ずかしい限りである。ひとり校閲状態なので、誤字脱字や固有名詞の間違いは多々にあるにしても、大学生以来何十年、私はずっと「キンズバーグ」と思っていた。本当に恥ずかしい!!!団塊の世代を「だんこん/男根」の世代と読んでしまった以来の大失態であ〜る。
英語のバカとか間抜けの意味の形容詞である比較変化〜が私の称号である。
dumb! dumber! dumbest!
拙ブログにも校閲ガールが欲しいものであ〜る。

すみませんでした!

2016年10月6日

East Villageに住んでいたGAY藝術家 〜詩人ビルディング〜

おはこんばんちは〜

秋雨が降っている。
いかがお過ごしですか?

10月であ〜る!

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GAY友ジャスティンを覚えているだろうか?
ドラマのQAFのジャスティンではなく実在の人物のジャスティンである。

GAYの知り合いはいたが、ジャスティンは親友と呼べる初めてのニューヨークのGAY友だった。ジャスティンはハリウッド映画の撮影のためにニューヨークに来ていた。撮影の合間に訪れたGAY BAR、Eastern Block(イースタンブロック)。
そこに私がいた(笑)!気が合ってすぐに友達になった。

ジャスティンが携わっていた映画はキャメロン・ディアス主演の“What Happens in Vegas”『ベガスの恋に勝つルール』。ニューヨークでの3ヶ月での撮影が終わり、2007年11月、ジャスティンはLAに戻っていた。

1年後に公開された『ベガスの恋に勝つルール』を観て泣いた。内容ではなく映画に出てくるロケのシーンは、ジャスティンとの思い出の場所ばかりだったからだ。私はジャスティンに会いにロケ現場に行っていた。

クレイジーで面白くてモテモテのジャスティンがいない喪失感は大きかった。
GAY GUYSと一緒にいると本当の自分になれて、ストレートの男性を気にする必要がないGAY BARは本当の自分になれる場所だった。

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ジャスティンとの思い出がいっぱい詰まっている映画であ〜る!打ち上げパーティではキャメロン・ディアスに会わせてくれた〜

ひとりぼっちになってしまった私は、拙ブログで孤独と寂しさを切々と訴えた。
そんな時に、カケルくんが「僕と一緒にGAY BARに行きましょう」と拙ブログに書き込みをしてくれたのだった。救われた感じがした。

もう8年以上も前のことだ。カケルくんとイーストヴィレッジ にあるコーヒーショップで待ち合わせて、イーストヴィレッジのGAY BARめぐりをしたのである。それ以来カケルくんとは友達になった!

しかし、悲しいことに、2年半前、彼は日本に帰国。彼にとっては人生の新しい章の始まりなので悲しむのではなく喜ぶべきなのに・・・悲しいと書いてしまった。ごめん。また大きな喪失感に襲われ、カケルロスは現在も続いている。

カケルくんがDeeeeep! New York! 10周年に寄せてメッセージを送ってくれた。

『カケルにとってDeeeeep! New York! はイーストヴィレッジ への入り口でした。
そこから僕のニューヨークゲイライフは始まりました。
悲しみと怒りと喜びに溢れたdeeeeepでリッチなニューヨーク・ゲイカルチャーがイーストヴィレッジにはありました。

イーストヴィレッジは70年代 80年代のニューヨークアートシーンが有名で何となく知っていました。 イーストヴィレッジが特にというわけではなく ニューヨーク全体に関心がありました。でも徐々にぼやっとしてたイメージが見えれば見えるほどイーストヴィレッジの世界に引き込まれました。

Eastern Bloc NYC(イースタンブロック)やThe Boiler Room(ボイラールーム)など一緒によく行きましたが、メグミさんを思い出すとURGE(アージ)を思い出します。残念なことに閉店してしまいました。』

カケルくん、メッセージをありがとう!!

via gaytravel.about.com

via gaytravel.about.com


↑ URGEの外観だ。懐かしい!!!!金・土の夜にはGo-Go Boyが踊っていた!!

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私は イーストヴィレッジに住んでいる。カケルくんはイーストヴィレッジを愛している。イーストヴィレッジがカケルくんとの絆だ。

70年代、80年代、90年イーストヴィレッジはボヘミアン(作家、画家、ミュージシャン)のコミュニティーである(あった)。ドラッグをしているのが普通のような世界だったらしい。マドンナも大スターになる前はイーストヴィレッジに住んでいた。家賃が安いので、売れようとがんばっている若いアーティストたちの藝術活動には最適なエリアだった。

イーストヴィレッジは藝術や文化の発信地だったのだ!!

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ピンクで囲まれているのがイーストヴィレッジである!

貧乏だけど元気いっぱい!それが魅力的!ドラッグ中毒者がいっぱいで危険だけどエネルギーがある!それが魅力的!ミュージシャンや藝術家が歩いている!それが魅力的!他にはない魅力に惹かれて人々が入ってきた。(←私もその一人だ)貧民街だったのだが、中産化、高級化されて家賃や地価が高騰し、貧乏人は住めない環境になり、アーティストではなく会社勤めの安定した収入の人々が住むようになり、藝術的な雰囲気が消滅してしまう、Gentrification (ジェントリフィケーション)がイーストヴィレッジでも起こっている。

ラモーンズやパティ・スミスがライブをした、ニューヨーク・パンクが生まれた場所であるライブハウスのCBGB’Sが代表的な例だ。
家賃高騰で営業できず、男性用パンツを$398(約4万円)で販売している高級ブランドが現在、店を構えている。

パンク vs 高級ブランド!
正反対のオブジェクト!!
激しい変化である!

治安は良くなり、夜歩くのは怖くないが、金の亡者に魂を売り渡したような複雑な気持ちだ。


↑ 私も何度かライブを観に行ったことがある。CBGB’Sの外観。

しかし、ちょっとだけオシャレなエリアに変わってはいるが、それでもヘロイン中毒者を頻繁に見掛ける。カケルくん曰く「新しいコンド(マンション)が建ってもイーストヴィレッジのあの独特な感じは変わりませんよ」。

イーストヴィレッジのアートシーンについて学び詳しくなったカケルくんから イーストヴィレッジに住んでいたGAYアーティストについて教えてもらった。住んでいるのに何も知らない私😅😅😅。
アレン・ギンズバーグは知っていたが他にもたくさんのGAYアーティストがいたのだった!彼らがイーストヴィレッジのどこに住んでいたのかをお伝えしようと思う。

ビートジェネレーションの詩人アレン・ギンズバーグ。
彼はイーストヴィレッジのどこに住んでいたのだろう?

検索するとすぐに分かった。アレン・ギンズバーグが住んでいたアパートがリノーベションされて賃貸できるというブログに住所が書かれていた。

住所は、437 East 12th St(アベニューAとファーストアベニューの間)。

1975年から1997年にガンでこの世を去るまでパートナーのピーター・オーロフスキーと住んでいたという。

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若かりしき時のアレン・ギンズバーグ(右)とピーター・オーロフスキー(左)カップル!

まさにご近所さんなので行ってきた。
12th StreetとアベニューAの角のコーヒーショップには何度も行ったことがあるし、近くにGAY BAR”Phonex”があり、よく知っている場所だった。

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ここに住んでいたんだ!!!エレベーターがなく階段を使うウォークアップ6階建て。

ところで、アレン・ギンズバーグがGAYというのはニューヨークに来るまで全く知らなかった。

亡くなったのもその437 East 12th Stのイーストヴィレッジのアパートで、パートナーのピーター・オーロフスキー、友人そして元愛人たち(セフレ)に看取られて亡くなったということだ。死が二人を分かつまで40年以上一緒にいたカップルだった。

またパートナーのピーター・オーロフスキーは2010年にガンで亡くなる1年前までアレン・ギンズバーグと住んでいたイーストヴィレッジのアパートに住んでいた。享年76歳。

1970年代、ヘロインの密売人やギャングがストリートの街角にいて治安が悪く誰も住みたがらないアパートの3ユニットをまとめて家賃600ドルで借りていたという。彼らは4階に住んでいた。一つは2人の生活の場所。二つ目はアレン・ギンズバーグの書斎。三つ目は学生などに貸ししていた。

現在の家賃は1ユニット$1,900(約20万円)。現在はアレン・ギンズバーグのファンが住んでいる。ファン自身のブログで知った。FYI: ファンの方はストレートのようである。
こちらである。

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4階に住んでいたんだ〜と見上げる!首が痛ぇ〜〜て、てててて〜😅😅😅😅😅

アレン・ギンズバーグを初めて知ったのは大学一年生の時だった。生まれも育ちも東京というファショナルブルで文学にも哲学にも精通していた同級生の男子から「ビートジェネレーション」を教えてもらったのだ。福島の寒村出身の田舎者の私は「ビートジェネレーション」という言葉を知っているだけでニューヨーク の文学を知った気になっていたが、原書を読んでも翻訳を読んでも当時の私にはチンプンカンプンだった。

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歳を重ねたアレンとピーターの2人!太ももが触れ合っているのがいい感じであ〜る。

アレン・ギンズバーグが主人公の映画が2010年に公開されている。

アレン・ギンズバーグの代表作である詩“Howl”『吠える』 は猥褻作品として発行者が告発され裁判になった。それで有名になってベストセラーになったらしい。猥褻か文学かの裁判の模様とジェームス・フランコ演じるアレン・ギンズバーグが自宅でインビューに答えている様子とアニメーションで表現された”Howl”『吠える』を中心に展開されている映画。ピーター・オーロフスキーとの恋愛関係にはあまりフォーカスされてないのが私的にはとても残念である。

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監督はハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー”The Times of Harvey Milk”『ハーヴェイ・ミルク』(アカデミー賞受賞)を監督したGAYを公言しているロバート・エプスタインである。

同じアパートに住んでいたのはカケル青年が敬愛するミュージシャンのアーサー・ラッセルである。最上階の6階に住んでいた。

カケルくんからアーサー・ラッセルの存在を教えもらった。作詞作曲を手掛けるシンガーソングライターであり、チェロ奏者であり、ディスコミュージクで80年代ニューヨークで大人気だった。私も彼の魅力に惹かれてしまった!!

カケルくんは、このドキュメンタリーは絶対観なくてはいけないものだと直感したのがアーサー・ラッセルとの出会いだった。2008年に公開された”Wild Combination: A Portrait of Arthur Russell”『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』である。

監督はMatt Wolf (マット・ウルフ)氏。1982年生まれのアメリカ人で弱冠26歳でこのドキュメンタリーをリリースした!
オフィシャルサイトはこちら〜

カケルくんに薦められて鑑賞した。

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アーサー・ラッセルのご両親、交友のあったフリップ・グラスなど音楽関係の関係者、パートナー、トミー・リーさんのインタビューがメインに構成されている。

*** 以下ネタバレの内容も含むので知りたくない方はご注意!!***

アーサー・ラッセルは17歳でアイオア州のど田舎の自宅から出奔する。 アレン・ギンズバーグとサンフランシスコで出会い、男男の関係になる。セックスする。仏教の信仰などアレン・ギンズバーグに影響されることも多く、音楽と歌をアーサー・ラッセルが、アレン・ギンズバーグが詩の朗読というコラボレーションをたくさんしている。ニューヨークのアパートもアレン・ギンズバーグが確保してくれた。

そこは、”Poet Building”「詩人の建物」と呼ばれ、藝術家が住み、ウィリアム・バロウズやボブ・ディラン、バッドブレインズなど他にもたくさんのアーティストが集まっていた。

手塚治虫、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐなど日本を代表する漫画家たちが住んでいた「トキワ荘」を連想した。

現在は家賃が高いので、発展途上の若いアーティストが住むには経済的に厳しいだろう。現在、若い藝術家たちはブルックリンに住んでいる。かつての活気がなくなってしまうようで、Gentrification (ジェントリフィケーション)は藝術の面では悲しい結果をもたらしてしまうのかもしれない。

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トキワ荘の跡地のようにご利益のパワースポットとして撃術の神様が降臨してきますようにとお願いしてきた(笑)!まだ諦めていないぞ!

アーサー・ラッセルに近所に住むトム・リーという恋人ができる。恋人は437 East 12th Stのアパートに引越。同棲が始まる。
余談:2人の部屋は6階なので、毎日の上り下りは大変だけど足腰の健康には最適な住宅環境である!

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS


↑ 自宅アパートの階段を踊りながら上ってきたアーサー・ラッセル!

アレン・ギンズバーグもアーサー・ラッセルもオープンリレーションシップだった。パートナーはいるが他の人とセックスしてもOKというものでGAYカップルには多い関係だ。


↑ 左がアーサー・ラッセル。右がトム・リーさん。

代表的なアルバム“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』をリリース後、アーサー・ラッセルはHIVであることが判明。エイズ関連の病気で1992年4月4日に40歳の若さで亡くなる。パートナーのトム・リーさんは2011年まで 437 East 12th Stのアパートで暮らしていたということだ。

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アレン・ギンズバーグが亡くなったのはエイズクライシスの後である。エイズ関連の病気ではない。そうえいば、アレン・ギンズバーグがエイズ・エピデミック/クライシスについて 言及しているのを聞いたことがない。検索してみると私と同じような疑問を持ち調べた人がいる。Emily Rutherfordさんである。こちらに書かれてある。

Emily Rutherfordさんによると、アレン・ギンズバーグはAIDSについては 2回だけ二つの詩で言及している。
しかし、読者的には期待している悲しいとか辛いとか動揺や激しい気持ちを全く書いていないという。

みんなが動揺して恐怖に陥った年1986年3月15日にアレン・ギンズバーグが書いた詩、“Sphincter”(スフィンクター)
訳すると「括約筋(かつやくきん)」である。
肛門の輪状の筋肉である!!!!

要約すると・・・

ボクのグッドで歳を重ねたお尻の穴が持ちこたえるといいな〜
60歳の今も大丈夫だから、きっと大丈夫じゃないかな〜

ちょっと出血したり、痔もあるけど、
陰茎もコーラの瓶もキャンドルも指もバナナも人参も入れられたくてしょうがない

AIDSの出現でお尻の穴がシャイになってしまったけど、
まだ仕(つか)えたくて仕方がない

20年後はどうなっているかは分からないけれど
死ぬまでお尻の穴が若いままでいてくれたらな〜

・・・率直で実直で気取らない詩かもしれないが、迫るHIVの恐怖やAIDSで苦しむ人々や仲間を気遣う気持ちがあってもいいのではないか!心配事は己のお尻の穴ことだけか? 

アレン・ギンズバーグは自己中過ぎる!!!と、勝手に怒っていたそんな時、カケルくんからBBCラジオでアーサー・ラッセルについてのドキュメンタリーの番組が制作されて聴けることを教えてもらった。“Arthur Russell: Vanished into Music”『アーサー・ラッセル:音楽に消えた』イギリス人の作家Olivia Laing(オリビア・ラング)さんがナビゲイトしている。
リンクはこちらである。
公開から30日は無料で聴取できる。

*** 以下もネタバレの内容を含むので知りたくない方はご注意!!***

その番組で、アーサー・ラッセルの友人は、アレン・ギンズバーグがAIDSで発症したガン(体のあちらこちらに転移)で苦しんでいるアーサー・ラッセルの部屋を毎日午後訪ねて来て、ただ一緒に座っていたことを伝えていた。

またパートーナーのトム・リーさんがこう語っていた。
「アーサーは末期になると記憶障害に陥っていました。ある時、夜の9時、バスローブ姿のアレンが僕たちの部屋を訪ねてきて、アーサーの隣に座ってもいいかと僕に聞きました。アレンは瞑想して、仏教のマントラを唱えて、アーサーの隣に座っていました。アレンは本当にアーサーを心配してくれて、父親のように心配していました」

アレン・ギンズバーグは自分のお尻の穴の状態だけを気にしている自己中な人間ではなかった!!!!!!!

カケルくんと電話で話した。

第二次世界大戦を経験したアレン・ギンズバーグの世代。今度は我が子であってもおかしくない若い世代の友達が知り合いが新しい病気で次々と亡くなっていく。カケルくんはこう言った。辛かったり悲しかったりすると涙は出てこない。あまりにも悲しくて辛くて、さらにアレン・ギンズバーグ自身の体の調子も悪く、HIV/AIDSについて書けなかったのではないか?

アーサー・ラッセルとトム・リーさんが住むアパートの電気はアレン・ギンズバーグの部屋から延長コードを外側から伸ばして使っていたという。アーサーの使うキーボードや録音するデッキの電気はアレン・ギンズバーグが賄ってくれていた!!!とトム・リーさんは語っていた。

アレン・ギンズバーグはアーサー・ラッセルをずっと気に掛けて心配していたことを示すエピソードである。

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アベニューAから12th Stを見た風景。彼らもこのストリートを歩いていた!!

トム・リーさんは勤勉な会社員だった。

自由業であるミュージシャンのアーサー・ラッセル自身と才能を愛して経済的にも精神的にもサポートした。時々他の人とエッチしていることも認めていた。アーサー・ラッセルがHIVポジティヴと分かってから彼もHIVテストをしたところ、彼は陰性だった。病状も悪く死期が近付いていた。喉頭ガンも患っていたがアーサー・ラッセルは毎日トム・リーに唄っていたという。

糟糠(そうこう)の夫である。大スターになってアレン・ギンズバーグから電気をもらう生活からステップアップ!治安の悪い貧民街から脱出し、マドンナのようにアッパーウエストサイドの高級アパートに引っ越しをしてゴージャスな生活ができたかもしれない。それよりもなによりも長生きしてそばにずっといて欲しかっただろうと思う。

www.residentadvisor.net Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.

http://www.residentadvisor.net
Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.


↑ 左からアーサー・ラッセル、トム・リーさん、音楽仲間のスティーヴ・ホール氏。ドキュメンタリーのトム・リーさんはやさしそうで、はにかんだ表情が印象的だった。はにかむ笑顔の写真を発見して載せた!

BBCのラジオ番組はドキュメンタリー映画『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』より、2人のロマンチックなエピソードが多くドラマッチクに構成している。
トミー・リーさんが語る2人のLOVE LOVEな思い出話で終了する。

私の涙腺は崩壊してしまった。

胸が締め付けられて胸が苦しいぃ〜!!!
涙が、ダダダダダダダダダダダダーーーーーーーーーーーー!
2人の歩く姿が見えて、涙が滝のように流れた。

きっとカケルくんも泣いたに違いない。

メロドマラ好きだとか、陳腐だとかクサイとか痛いとか言われようが、腐女子は愛し合うGAY GUYSの悲しい愛の物語に心酔し耽溺し号泣するのである。

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Gentrification (ジェントリフィケーション)中とはいえ、ゴミがいっぱいでジャンキーもいる街、イーストヴィレッジ。
バーがたくさんあるので、週末にはNYUの酔っ払い学生が大騒ぎ。GAY BARも大賑わいになる。
偉大なGAY藝術家が歩いたストリートを私は今日も歩く。

昨日までは彼らがこのストリートを歩いていたなんて知らなかった。
同じストリートを歩いていると思うと、光がどこからともなく差して来てアスファルトに反射する。
ゴミにしか見えなかったものがキラキラ〜と輝いて見える。
しかも、愛に溢れたロマンチックなストリートに見えてしまう。

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ところで、カケルくんが言っていたのだが、アーサー・ラッセルが注目されるようになったのは、2004年に未発表の曲をまとめたアルバムがCDで発表され、“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』もデジタル化されて発売されたからだという。
彼の音楽は忘れ去られることはなかったのだ!

再び光を当てたイギリスのSoul Jazz RecordsやAudika Recordsは素晴らしいと思う。トム・リーさんは何千というアーサー・ラッセルが録音したテープ(オープンリールやカセットテープ)と何百冊という歌詞を書いたノートを所有していた。
最近、日本ではアーサー・ラッセルに興味を持つ若者が急増し、再々注目とのことだ!!!
またBBCも9月にドキュメンタリーラジオ番組を放送しているので、世界中で再々注目ということだ!

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デジタル化されて再びリリースされた”World Of Echo”のジャケット。 透き通る声がとても印象的。

1973年から1992年までの未発表の音源(宅録音源も含む)をコンピレーションしたアルバム、“Calling Out Of Context”『コーリング・アウト・オブ・コンテクスト』も2004年に発売された。
ディスクユニオンのサイトで「脳内ディスコ・ミュージック」であると解説されてある。こちら〜
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“Calling Out Of Context”のジャケット。

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宅録しているアーサー・ラッセル!YAMAHA DX7を使っていたようだ。電気はアレン・ギンズバーグから!

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私はカケルくんを思い出すと地元の個人オーナーのコーヒーショップとGAY BARのThe Boiler Roomを思い出す。閉店の朝4時までいた。Eastern Blockに行って、The Boiler Roomに行って、Urgeに行って、またThe Boiler Roomに戻ってーーーとGAY BAR HOPPINGをしていた。クレイジーで楽しかった。URGEのあった建物はコンドミニアムに建て替えられて今ではペット用品店になり、Go-Go Boyが踊っていた面影は全くない。EXILEのダンススタジオが隣に出てきてる。

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カケルくんとよく一緒にいったTHE BOILER ROOMで踊る私たち!!2000年代のイーストヴィレッジのGAYカルチャーを垣間見れるかな?

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追記&訂正: カケルくんから連絡があり、Allen Ginsbergのカタカナ表記は「アレン・ギンズバーグ」なのに「キンズバーグ」となっているとのこと。

キ(誤)——> ギ(正)

やばーーい!

慌てて訂正した。

バカが露呈!!

お恥ずかしい限りである。ひとり校閲状態なので、誤字脱字や固有名詞の間違いは多々にあるにしても、大学生以来何十年、私はずっと「キンズバーグ」と思っていた。本当に恥ずかしい!!!団塊の世代を「だんこん/男根」の世代と読んでしまった以来の大失態であ〜る。
英語のバカとか間抜けの意味の形容詞である比較変化〜が私の称号である。
dumb! dumber! dumbest!
拙ブログにも校閲ガールが欲しいものであ〜る。

すみませんでした!

2016年10月6日

ag8
彼の名前は、アレン・キンズバーグではなく、ギンズバーグである!!!もう一生忘れない!!カケルくん、ありがとう!