王子様でクィーンでもある。

おはこんばんちは〜!

暑中お見舞い申し上げます!

こちらニューヨークも暑い日々が続いておりますが、お元気ですか?
夏バテにお気をつけてください!!

***

ずーーーーーっと観たいと思っていた名門ABTの(アメリカンバレエシアター)バレエダンサー、ジェームス・ホワイトサイド。

ABTのプリンシパル(トップクラスのダンサー)だ。

via: https://www.nytimes.com/
ABT『シンデレラ』の王子役のジェームス・ホワイトサイド。小学生の時は男性ダンサーの「もっこり」が大大大嫌いだったが、大人になって「好き」に変わった(笑)!!

***

彼は、GAYを公言している。
歌手でもありドラァグクィーンでもあるという。

ファグハグとして腐女子として、
名門ABTのバレエダンサーで、GAYを公言していて、ドラァグクィーンというトキメキの言葉が3つもある彼を観ずしてファグハグとして胸を張って生きていけるだろうか?

トキメキの3つの言葉
・バレエダンサー
・GAY
・ドラァグクィーン

***

今年こそは彼を観たい!!!

ABT(アメリカンバレエシアター)のメトロポリタン・オペラ・ハウスでの公演は5月から7月の8週間のみ。
チケットは大人気で取れない!

しかし、ツテをたより、チケットを手にいれることができた!
それもオーケストラ席。
立ち見席も満員という状況だった!

ツテ(友人)がコネを駆使しても大大大人気だからチケットゲットは難しいと言われていたので、願えば叶うんだと涙した。

長い人生経験から学んだひとつに、期待すると激しく裏切られるというのがある。
楽しみでも、期待するのは抑えて、少々にとどめた(笑)

演目はABTのベテラン女性プリンシパル、ジリアン・マーフィー と2人で踊るTschaikovsky Pas de Deux『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』

私の想像と期待をはるかに上回る「美」と「踊り」だった。
圧倒されて、ジェームス・ホワイトサイドの虜になった!神々しく麗しい!!
筋肉が美しい!!

PLAYBILL(パンフレット)!友人のコネにより、オーケストラの素晴らしい席だった!!友よ!ありがとう!メトロポリタン・オペラ・ハウスにて。

***

ジェームス・ホワイトサイドさんは、ドラァグクィーンのグループ、the Dairy Queens(デアリークィーンズ)ではUhu Betch(ウーフ・ビッチ)という名前で活躍。

via: http://www.jameswhiteside.org ブロンドウィグの美しいウーフ・ビッチさん

via: http://www.jameswhiteside.org ひげが魅力的なウーフ・ビッチさん

***

上記のPLAYBILLの表紙写真を除く3枚の写真は全部同一人物、ジェームス・ホワイトサイド氏であ〜る!!!驚きである!!

***

JbDubsという名前で歌手としても活動している。

ハイヒールを履きながらのダンス!
筋肉に目釘付け〜〜
世界を代表するバレエサンダーの筋肉は素晴らしい!!!

***

ウーフ・ビッチのお姿も拝見したいし、JbDubsとして踊って唄う姿も実際に観てみたい!
何よりもジェームス・ホワイトサイドのバレエをまた観たい!!!

男性のバレエダンサーはGAYが多いと聞く。
あるバレエダンサーがGAYという噂を聞いて興味は持つが、ファンになったことはなく、ここまで「好き」になったバレエダンサーは彼が初めてだ。

ジェームス・ホワイトサイドは私の中で1番にランクインである。

世界トップクラスの王子様でドラァグクィーンというファグハグ&腐女子の私の心を刺激して幸せな気持ちにしてくれるプリンス・クィーン、ジェームス・ホワイトサイド。

オフシャルサイトはこちら〜
http://www.jameswhiteside.org/

2

着まわしハローウィン・コスチューム!

おはこんばんちは〜!!

10月31日はハロウィーンだった!!
ネットのニュースを読むとすっかり日本でも定着して渋谷ではパレードが行われたようである。
かつては日本在住の外国人が仮装して山手線で大暴れ〜などというニュースがあったが、それは遥か昔。時代は変わったのだと実感する。

ところで、私もハロウィーンが大好きであ〜’る!
本来の意味である収穫祭や悪霊を追い払うということは頭の片隅に残しつつ、仮装してパーティーに参加できるから大好きなのであ〜る!
普段着で街を歩く方が逆に恥ずかしいくらい仮装な日でもある。

ところで、女性誌の特集でよく見かける「着まわしファッション」!!
私もハロウィーンのコスチュームを着まわししてみた!!!

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2016年

仮装のテーマ:
Snow White and the Seven Dwarfs『白雪姫と7人の小人』

私は白雪姫ではなく、7人の小人になった!!
「ハイホー🎵 ハイホー🎵」

カール君をはじめGAY友みんなに「小人」とからかわれるので、それを逆手に取って小人に変身した!!

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女装白雪姫はとっても大人気!
ストリートを一緒に歩くと車から「HEY!!!!! スノーホワイトぉぉぉ〜!」と声が掛かるし、すれ違う人からは写真をいっぱい撮られた!

白雪姫が不滅の人気だからなのか?
ドラァグクィーンが人気だからなのか?

ローワーイーストサイドにあるホテルで開催されたハロウィーンパーティに招待されたので行ってきた。
それにしてもLESはエリア全体が大盛り上がりでびっくり!近所だというのに夜はほとんど行ったことがなかった。
イーストビレッジは悲しいことにとってもお上品になってしまって、”EAST VILLAGE IS DEAD”「イーストビレッジは死んだ」と言われているのは本当だと思った(泣)

万が一に備えて、ドラァッグクィーン白雪姫が側にいなくても『7人の小人』と思われるように人形を購入して持参した。
白雪姫が隣にいないとサンタクロースに誤解されてしまうかもと思ったからだ。LOL

パーティーも深夜2時を過ぎると相方の白雪姫が帰ってしまった!!!

「白雪姫はいないの??」と聞かれたので、人形の登場かと思いきやカール君が「白雪姫は毒リンゴを食べてしまったので今寝てま〜す!!」という機転の効いた返答をしてくれた!!さすがであ〜る!
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帽子も赤いドレスも小人の6人分の顔も縫った!
私を含めると小人が7人になるのであ〜る。

小人のふたりはドラァグクィーンにした!!!!気付いてくれたのはカールくんだけ!!またもやさすがである!

製作秘話として、私が意図して作ったのは『7人のGAY小人』なのであ〜る!

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2014年

仮装のテーマ:
PUSSY RIOT『プッシーライオット』

ロシアのフェミニストのパンクバンドのひとりに仮装した!

ウラジーミル・プーチン大統領に抗議してモスクワのロシア正教会救世主ハリストス大聖堂に突然演奏を始めて逮捕され禁固刑の実刑判決を受けたメンバーもいる。また、ソチオリンピック会場でもプーチン大統領を批判するパフォーマンスをしたところ、コザックの治安部隊にムチで叩かれ、唐辛子入りのスプレーをかけられ、強制退去させられた。youtubeで観たが、酷い暴力行為に言葉を失った。人として鞭は酷すぎる!!

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下記写真が参考にしたPUSSY RIOT『プッシーライオット』!パンク精神で政治と闘う勇気と姿は格好良く、尊敬している。
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2012年

仮装のテーマ:
草間彌生 with Louis Vuitton

ソーホーにあるヴィットンのショーウィンドウを見て、草間彌生になろうと決意!!!
3日間通って観察した。赤いドレスは型紙から製作して手縫いした入魂の一着!!

草間彌生の仮装でストリートを歩っていたら、パリの本店に行ったばかりの男女のカップルが声を掛けてくれて、本店のディスプレイ写真を見せてくれた。
SOHO店は小さいが、本店はとても大きかった!草間彌生人形とペニスを連想させる水玉のにょきにょきの数が半端なく圧巻だった!!

コスチュームを通して、ストリートやパーティで見知らぬ人が声を掛けてくれて会話ができるのもハローウィンの醍醐味である。

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下記写真がソーホーにあるヴィットンのショーウィンドウである。草間彌生人形はその後どうなったのだろうか???? それにしても強烈なディスプレイであった!!
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メインテーマである「着まわし」についてだが、着まわししているのは赤いドレスであ〜る。
気づいていただけただろうか?

最初は、草間彌生コスチュームで作り、プッシーライオットでは水玉模様を外し、袖と裾を短くした。今年の7人の小人では小人の顔のアップリケを6個を作って、前面に縫い付けた。
3回に渡るハロウィ〜ンに大活躍の赤いドレスである。
型紙から製作して手縫いしたので私の思い入れがあり、この赤いドレスを使って仮装できるのはなんだろう?と考えて以上3パターンになった。

またクリスマスには黒い太いベルトをすればサンタクロースにもなれる優れものなのだ(笑)!!!!!!ははは〜

ハロウィーン時期には個人的にも社会的にも天候的にも何かとトラブルがある。
今年は無事に迎えられてほっとした。

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ノーベル文学賞と詩人ビルディングとパーティーとGAY映画祭

先日お伝えしたPoet Building「詩人ビルディング」と呼ばれていたEast Village(イーストヴィレッジ)のアパート。

ビートジェネーションの詩人アレン・ギンズバーグがパートナーと一緒に住み、彼を慕うアーティストが集まって来た。
そのアーティストのひとりが、ボブ・ディランだった!!!!

ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞のニュースは誰もが驚いたはずだ!
私個人的にはイーストヴィレッジに関係しているボブ・ディランがあのノーベル文学賞を受賞して大変嬉しい!!

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詩人ビルディング、437 East 12th St New York, NY

アレン・ギンズバーグもボブ・ディランもともにユダヤ人。アレン・ギンズバーグは15歳年上。ボブ・ディランは父のように彼を慕っていたという。
アーサー・ラッセルといい、アレン・ギンズバーグは面倒見がいいGAY MANだったに違いない。
カールくんを筆頭にGAY GUYSは私に手料理をご馳走してくれたり、GAY BARではドリンクをおごってくれたり、ダメな私を励ましてくれたり、確かにとても面倒見がいい!!

下記写真はアレン・ギンズバーグのイーストヴィレッジのアパート(詩人ビルディング・上記写真)で演奏するボブ・ディラン。

October 15 1975 - photo c. Gerard Malanga

October 15 1975 – photo c. Gerard Malanga

“Subterranean Homesick Blues”『サブタレニアン・ホームシック・ブルース』にアレン・ギンズバーグも出演している。
日本で初めて発売されたボブ・ディランのシングルとのこと。1965年発売。
ミュージックビデオというものがなかった時代だった。記録映画のオープニングとして撮影されたとのこと。

今見ても格好いい!!!斬新だ!

多くのアーティストやミュージシャンに影響を与えたんだなーとしみじみ思う。

ビートジェネレーションを私に教えてくれた大学の同級生男子はボブ・ディランの大ファン。
早速彼に「ノーベル文学賞受賞おめでとうございます!」とメールを送った😊😊😊

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ところで、イーストヴィレッジで毎週金曜日に開催されてるパーティーが面白いという噂を聞いてGAY友2人と計3人で早速行ってきた。
もちろんGAY パーティーである。

通常はストレートのBARが金曜日の夜だけGAYナイトになる。ヘルズキッチンのようなおしゃれな雰囲気は全くない、まさにイーストヴィレッジィー/East Villagy(造語!形容詞に変化)!!

オープンは夜11時。11時半に行ったのだが、人はまばら〜。
しかし、深夜1時には大入り満員である。
みんな背が高いから彼らの肘が私の頭にガンガン当たって痛い!これも懐かしい痛みである。

地下フロアーもオープン。そこもPACK!!!
呑めや踊れの大盛り上がり!!

面白いという噂が広がっているのだろう、ヨーロッパ人の観光客と思われる方々も多数いた。

久しぶりにイーストヴィレッジィー/East Villagyの世界に身を置けてとても楽しかった。

私の世代でニューヨーク近郊の大学に入学した友達は、当時は恐ろしくてイーストヴィレッジ(East Village)には行けなかった!怖くて地下鉄にも乗れなかったと言っていた。ジャンキーはいるし強盗に遭うから。しかし、変な人たちが集まって面白いエリアだったのだ。

つい先日、あるGAY GUYとどこに住んでいるの?という話になった。イーストヴィレッジ/East Villageはお上品になってしまってつまらないと言われて、悲しい気持ちになっていたところにイーストヴィレッジィー/East VillagyなGAYパーティーがまだ存在している!そのことに感動すら覚えた!

いつまで続くかは分からない。
そんなところもパーティー系が面白いところでもあ〜る。

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East VillagyなGAYパーティー!ってよく分からないよね(汗)

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ところで、来週からニューヨークのLGBT映画祭であるNewFestが開催される。何本かを鑑賞する予定でいる。

オフィシャルサイトはこちら〜

オープニング上映作品は“THE PASS”『ザ・パス』というクローゼットのサッカー選手が主人公のイギリスの映画である。主人公を演じるのは、私がとても感動したIvo van Hove(イヴォ・ヴァン・ホーヴェ)演出によるアーサー・ミラーの戯曲“A View From the Bridge ”『橋からの眺め』でクローゼットのGAY、ロドルフォを演じたRussell Tovey(ラッセル・トヴェイ)である。

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THE PASS”『ザ・パス』のパンツ一丁のラッセル・トヴェイ!鍛えられた体だ!!ゲームしているのかな?

ファンが舞台上の本物のラッセルくんを見て感激のあまり失神したというニュースもお伝えした。

監督は”THE PASS”が初めての長編映画というBEN A WILLIAMS(ベン・A・ウィルアム)。

若手の監督がGAYをどう描くのか???
非常に気になる。

本国イギリスでは今年12月に封切りとのこと。

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2人の関係は?

予告編をどうぞ!!

East Villageに住んでいたGAY藝術家 〜詩人ビルディング〜

おはこんばんちは〜

秋雨が降っている。
いかがお過ごしですか?

10月であ〜る!

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GAY友ジャスティンを覚えているだろうか?
ドラマのQAFのジャスティンではなく実在の人物のジャスティンである。

GAYの知り合いはいたが、ジャスティンは親友と呼べる初めてのニューヨークのGAY友だった。ジャスティンはハリウッド映画の撮影のためにニューヨークに来ていた。撮影の合間に訪れたGAY BAR、Eastern Block(イースタンブロック)。
そこに私がいた(笑)!気が合ってすぐに友達になった。

ジャスティンが携わっていた映画はキャメロン・ディアス主演の“What Happens in Vegas”『ベガスの恋に勝つルール』。ニューヨークでの3ヶ月での撮影が終わり、2007年11月、ジャスティンはLAに戻っていた。

1年後に公開された『ベガスの恋に勝つルール』を観て泣いた。内容ではなく映画に出てくるロケのシーンは、ジャスティンとの思い出の場所ばかりだったからだ。私はジャスティンに会いにロケ現場に行っていた。

クレイジーで面白くてモテモテのジャスティンがいない喪失感は大きかった。
GAY GUYSと一緒にいると本当の自分になれて、ストレートの男性を気にする必要がないGAY BARは本当の自分になれる場所だった。

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ジャスティンとの思い出がいっぱい詰まっている映画であ〜る!打ち上げパーティではキャメロン・ディアスに会わせてくれた〜

ひとりぼっちになってしまった私は、拙ブログで孤独と寂しさを切々と訴えた。
そんな時に、カケルくんが「僕と一緒にGAY BARに行きましょう」と拙ブログに書き込みをしてくれたのだった。救われた感じがした。

もう8年以上も前のことだ。カケルくんとイーストヴィレッジ にあるコーヒーショップで待ち合わせて、イーストヴィレッジのGAY BARめぐりをしたのである。それ以来カケルくんとは友達になった!

しかし、悲しいことに、2年半前、彼は日本に帰国。彼にとっては人生の新しい章の始まりなので悲しむのではなく喜ぶべきなのに・・・悲しいと書いてしまった。ごめん。また大きな喪失感に襲われ、カケルロスは現在も続いている。

カケルくんがDeeeeep! New York! 10周年に寄せてメッセージを送ってくれた。

『カケルにとってDeeeeep! New York! はイーストヴィレッジ への入り口でした。
そこから僕のニューヨークゲイライフは始まりました。
悲しみと怒りと喜びに溢れたdeeeeepでリッチなニューヨーク・ゲイカルチャーがイーストヴィレッジにはありました。

イーストヴィレッジは70年代 80年代のニューヨークアートシーンが有名で何となく知っていました。 イーストヴィレッジが特にというわけではなく ニューヨーク全体に関心がありました。でも徐々にぼやっとしてたイメージが見えれば見えるほどイーストヴィレッジの世界に引き込まれました。

Eastern Bloc NYC(イースタンブロック)やThe Boiler Room(ボイラールーム)など一緒によく行きましたが、メグミさんを思い出すとURGE(アージ)を思い出します。残念なことに閉店してしまいました。』

カケルくん、メッセージをありがとう!!

via gaytravel.about.com

via gaytravel.about.com


↑ URGEの外観だ。懐かしい!!!!金・土の夜にはGo-Go Boyが踊っていた!!

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私は イーストヴィレッジに住んでいる。カケルくんはイーストヴィレッジを愛している。イーストヴィレッジがカケルくんとの絆だ。

70年代、80年代、90年イーストヴィレッジはボヘミアン(作家、画家、ミュージシャン)のコミュニティーである(あった)。ドラッグをしているのが普通のような世界だったらしい。マドンナも大スターになる前はイーストヴィレッジに住んでいた。家賃が安いので、売れようとがんばっている若いアーティストたちの藝術活動には最適なエリアだった。

イーストヴィレッジは藝術や文化の発信地だったのだ!!

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ピンクで囲まれているのがイーストヴィレッジである!

貧乏だけど元気いっぱい!それが魅力的!ドラッグ中毒者がいっぱいで危険だけどエネルギーがある!それが魅力的!ミュージシャンや藝術家が歩いている!それが魅力的!他にはない魅力に惹かれて人々が入ってきた。(←私もその一人だ)貧民街だったのだが、中産化、高級化されて家賃や地価が高騰し、貧乏人は住めない環境になり、アーティストではなく会社勤めの安定した収入の人々が住むようになり、藝術的な雰囲気が消滅してしまう、Gentrification (ジェントリフィケーション)がイーストヴィレッジでも起こっている。

ラモーンズやパティ・スミスがライブをした、ニューヨーク・パンクが生まれた場所であるライブハウスのCBGB’Sが代表的な例だ。
家賃高騰で営業できず、男性用パンツを$398(約4万円)で販売している高級ブランドが現在、店を構えている。

パンク vs 高級ブランド!
正反対のオブジェクト!!
激しい変化である!

治安は良くなり、夜歩くのは怖くないが、金の亡者に魂を売り渡したような複雑な気持ちだ。


↑ 私も何度かライブを観に行ったことがある。CBGB’Sの外観。

しかし、ちょっとだけオシャレなエリアに変わってはいるが、それでもヘロイン中毒者を頻繁に見掛ける。カケルくん曰く「新しいコンド(マンション)が建ってもイーストヴィレッジのあの独特な感じは変わりませんよ」。

イーストヴィレッジのアートシーンについて学び詳しくなったカケルくんから イーストヴィレッジに住んでいたGAYアーティストについて教えてもらった。住んでいるのに何も知らない私😅😅😅。
アレン・ギンズバーグは知っていたが他にもたくさんのGAYアーティストがいたのだった!彼らがイーストヴィレッジのどこに住んでいたのかをお伝えしようと思う。

ビートジェネレーションの詩人アレン・ギンズバーグ。
彼はイーストヴィレッジのどこに住んでいたのだろう?

検索するとすぐに分かった。アレン・ギンズバーグが住んでいたアパートがリノーベションされて賃貸できるというブログに住所が書かれていた。

住所は、437 East 12th St(アベニューAとファーストアベニューの間)。

1975年から1997年にガンでこの世を去るまでパートナーのピーター・オーロフスキーと住んでいたという。

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若かりしき時のアレン・ギンズバーグ(右)とピーター・オーロフスキー(左)カップル!

まさにご近所さんなので行ってきた。
12th StreetとアベニューAの角のコーヒーショップには何度も行ったことがあるし、近くにGAY BAR”Phonex”があり、よく知っている場所だった。

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ここに住んでいたんだ!!!エレベーターがなく階段を使うウォークアップ6階建て。

ところで、アレン・ギンズバーグがGAYというのはニューヨークに来るまで全く知らなかった。

亡くなったのもその437 East 12th Stのイーストヴィレッジのアパートで、パートナーのピーター・オーロフスキー、友人そして元愛人たち(セフレ)に看取られて亡くなったということだ。死が二人を分かつまで40年以上一緒にいたカップルだった。

またパートナーのピーター・オーロフスキーは2010年にガンで亡くなる1年前までアレン・ギンズバーグと住んでいたイーストヴィレッジのアパートに住んでいた。享年76歳。

1970年代、ヘロインの密売人やギャングがストリートの街角にいて治安が悪く誰も住みたがらないアパートの3ユニットをまとめて家賃600ドルで借りていたという。彼らは4階に住んでいた。一つは2人の生活の場所。二つ目はアレン・ギンズバーグの書斎。三つ目は学生などに貸ししていた。

現在の家賃は1ユニット$1,900(約20万円)。現在はアレン・ギンズバーグのファンが住んでいる。ファン自身のブログで知った。FYI: ファンの方はストレートのようである。
こちらである。

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4階に住んでいたんだ〜と見上げる!首が痛ぇ〜〜て、てててて〜😅😅😅😅😅

アレン・ギンズバーグを初めて知ったのは大学一年生の時だった。生まれも育ちも東京というファショナルブルで文学にも哲学にも精通していた同級生の男子から「ビートジェネレーション」を教えてもらったのだ。福島の寒村出身の田舎者の私は「ビートジェネレーション」という言葉を知っているだけでニューヨーク の文学を知った気になっていたが、原書を読んでも翻訳を読んでも当時の私にはチンプンカンプンだった。

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歳を重ねたアレンとピーターの2人!太ももが触れ合っているのがいい感じであ〜る。

アレン・ギンズバーグが主人公の映画が2010年に公開されている。

アレン・ギンズバーグの代表作である詩“Howl”『吠える』 は猥褻作品として発行者が告発され裁判になった。それで有名になってベストセラーになったらしい。猥褻か文学かの裁判の模様とジェームス・フランコ演じるアレン・ギンズバーグが自宅でインビューに答えている様子とアニメーションで表現された”Howl”『吠える』を中心に展開されている映画。ピーター・オーロフスキーとの恋愛関係にはあまりフォーカスされてないのが私的にはとても残念である。

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監督はハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー”The Times of Harvey Milk”『ハーヴェイ・ミルク』(アカデミー賞受賞)を監督したGAYを公言しているロバート・エプスタインである。

同じアパートに住んでいたのはカケル青年が敬愛するミュージシャンのアーサー・ラッセルである。最上階の6階に住んでいた。

カケルくんからアーサー・ラッセルの存在を教えもらった。作詞作曲を手掛けるシンガーソングライターであり、チェロ奏者であり、ディスコミュージクで80年代ニューヨークで大人気だった。私も彼の魅力に惹かれてしまった!!

カケルくんは、このドキュメンタリーは絶対観なくてはいけないものだと直感したのがアーサー・ラッセルとの出会いだった。2008年に公開された”Wild Combination: A Portrait of Arthur Russell”『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』である。

監督はMatt Wolf (マット・ウルフ)氏。1982年生まれのアメリカ人で弱冠26歳でこのドキュメンタリーをリリースした!
オフィシャルサイトはこちら〜

カケルくんに薦められて鑑賞した。

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アーサー・ラッセルのご両親、交友のあったフリップ・グラスなど音楽関係の関係者、パートナー、トミー・リーさんのインタビューがメインに構成されている。

*** 以下ネタバレの内容も含むので知りたくない方はご注意!!***

アーサー・ラッセルは17歳でアイオア州のど田舎の自宅から出奔する。 アレン・ギンズバーグとサンフランシスコで出会い、男男の関係になる。セックスする。仏教の信仰などアレン・ギンズバーグに影響されることも多く、音楽と歌をアーサー・ラッセルが、アレン・ギンズバーグが詩の朗読というコラボレーションをたくさんしている。ニューヨークのアパートもアレン・ギンズバーグが確保してくれた。

そこは、”Poet Building”「詩人の建物」と呼ばれ、藝術家が住み、ウィリアム・バロウズやボブ・ディラン、バッドブレインズなど他にもたくさんのアーティストが集まっていた。

手塚治虫、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐなど日本を代表する漫画家たちが住んでいた「トキワ荘」を連想した。

現在は家賃が高いので、発展途上の若いアーティストが住むには経済的に厳しいだろう。現在、若い藝術家たちはブルックリンに住んでいる。かつての活気がなくなってしまうようで、Gentrification (ジェントリフィケーション)は藝術の面では悲しい結果をもたらしてしまうのかもしれない。

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トキワ荘の跡地のようにご利益のパワースポットとして撃術の神様が降臨してきますようにとお願いしてきた(笑)!まだ諦めていないぞ!

アーサー・ラッセルに近所に住むトム・リーという恋人ができる。恋人は437 East 12th Stのアパートに引越。同棲が始まる。
余談:2人の部屋は6階なので、毎日の上り下りは大変だけど足腰の健康には最適な住宅環境である!

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS


↑ 自宅アパートの階段を踊りながら上ってきたアーサー・ラッセル!

アレン・ギンズバーグもアーサー・ラッセルもオープンリレーションシップだった。パートナーはいるが他の人とセックスしてもOKというものでGAYカップルには多い関係だ。


↑ 左がアーサー・ラッセル。右がトム・リーさん。

代表的なアルバム“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』をリリース後、アーサー・ラッセルはHIVであることが判明。エイズ関連の病気で1992年4月4日に40歳の若さで亡くなる。パートナーのトム・リーさんは2011年まで 437 East 12th Stのアパートで暮らしていたということだ。

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アレン・ギンズバーグが亡くなったのはエイズクライシスの後である。エイズ関連の病気ではない。そうえいば、アレン・ギンズバーグがエイズ・エピデミック/クライシスについて 言及しているのを聞いたことがない。検索してみると私と同じような疑問を持ち調べた人がいる。Emily Rutherfordさんである。こちらに書かれてある。

Emily Rutherfordさんによると、アレン・ギンズバーグはAIDSについては 2回だけ二つの詩で言及している。
しかし、読者的には期待している悲しいとか辛いとか動揺や激しい気持ちを全く書いていないという。

みんなが動揺して恐怖に陥った年1986年3月15日にアレン・ギンズバーグが書いた詩、“Sphincter”(スフィンクター)
訳すると「括約筋(かつやくきん)」である。
肛門の輪状の筋肉である!!!!

要約すると・・・

ボクのグッドで歳を重ねたお尻の穴が持ちこたえるといいな〜
60歳の今も大丈夫だから、きっと大丈夫じゃないかな〜

ちょっと出血したり、痔もあるけど、
陰茎もコーラの瓶もキャンドルも指もバナナも人参も入れられたくてしょうがない

AIDSの出現でお尻の穴がシャイになってしまったけど、
まだ仕(つか)えたくて仕方がない

20年後はどうなっているかは分からないけれど
死ぬまでお尻の穴が若いままでいてくれたらな〜

・・・率直で実直で気取らない詩かもしれないが、迫るHIVの恐怖やAIDSで苦しむ人々や仲間を気遣う気持ちがあってもいいのではないか!心配事は己のお尻の穴ことだけか? 

アレン・ギンズバーグは自己中過ぎる!!!と、勝手に怒っていたそんな時、カケルくんからBBCラジオでアーサー・ラッセルについてのドキュメンタリーの番組が制作されて聴けることを教えてもらった。“Arthur Russell: Vanished into Music”『アーサー・ラッセル:音楽に消えた』イギリス人の作家Olivia Laing(オリビア・ラング)さんがナビゲイトしている。
リンクはこちらである。
公開から30日は無料で聴取できる。

*** 以下もネタバレの内容を含むので知りたくない方はご注意!!***

その番組で、アーサー・ラッセルの友人は、アレン・ギンズバーグがAIDSで発症したガン(体のあちらこちらに転移)で苦しんでいるアーサー・ラッセルの部屋を毎日午後訪ねて来て、ただ一緒に座っていたことを伝えていた。

またパートーナーのトム・リーさんがこう語っていた。
「アーサーは末期になると記憶障害に陥っていました。ある時、夜の9時、バスローブ姿のアレンが僕たちの部屋を訪ねてきて、アーサーの隣に座ってもいいかと僕に聞きました。アレンは瞑想して、仏教のマントラを唱えて、アーサーの隣に座っていました。アレンは本当にアーサーを心配してくれて、父親のように心配していました」

アレン・ギンズバーグは自分のお尻の穴の状態だけを気にしている自己中な人間ではなかった!!!!!!!

カケルくんと電話で話した。

第二次世界大戦を経験したアレン・ギンズバーグの世代。今度は我が子であってもおかしくない若い世代の友達が知り合いが新しい病気で次々と亡くなっていく。カケルくんはこう言った。辛かったり悲しかったりすると涙は出てこない。あまりにも悲しくて辛くて、さらにアレン・ギンズバーグ自身の体の調子も悪く、HIV/AIDSについて書けなかったのではないか?

アーサー・ラッセルとトム・リーさんが住むアパートの電気はアレン・ギンズバーグの部屋から延長コードを外側から伸ばして使っていたという。アーサーの使うキーボードや録音するデッキの電気はアレン・ギンズバーグが賄ってくれていた!!!とトム・リーさんは語っていた。

アレン・ギンズバーグはアーサー・ラッセルをずっと気に掛けて心配していたことを示すエピソードである。

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アベニューAから12th Stを見た風景。彼らもこのストリートを歩いていた!!

トム・リーさんは勤勉な会社員だった。

自由業であるミュージシャンのアーサー・ラッセル自身と才能を愛して経済的にも精神的にもサポートした。時々他の人とエッチしていることも認めていた。アーサー・ラッセルがHIVポジティヴと分かってから彼もHIVテストをしたところ、彼は陰性だった。病状も悪く死期が近付いていた。喉頭ガンも患っていたがアーサー・ラッセルは毎日トム・リーに唄っていたという。

糟糠(そうこう)の夫である。大スターになってアレン・ギンズバーグから電気をもらう生活からステップアップ!治安の悪い貧民街から脱出し、マドンナのようにアッパーウエストサイドの高級アパートに引っ越しをしてゴージャスな生活ができたかもしれない。それよりもなによりも長生きしてそばにずっといて欲しかっただろうと思う。

www.residentadvisor.net Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.

http://www.residentadvisor.net
Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.


↑ 左からアーサー・ラッセル、トム・リーさん、音楽仲間のスティーヴ・ホール氏。ドキュメンタリーのトム・リーさんはやさしそうで、はにかんだ表情が印象的だった。はにかむ笑顔の写真を発見して載せた!

BBCのラジオ番組はドキュメンタリー映画『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』より、2人のロマンチックなエピソードが多くドラマッチクに構成している。
トミー・リーさんが語る2人のLOVE LOVEな思い出話で終了する。

私の涙腺は崩壊してしまった。

胸が締め付けられて胸が苦しいぃ〜!!!
涙が、ダダダダダダダダダダダダーーーーーーーーーーーー!
2人の歩く姿が見えて、涙が滝のように流れた。

きっとカケルくんも泣いたに違いない。

メロドマラ好きだとか、陳腐だとかクサイとか痛いとか言われようが、腐女子は愛し合うGAY GUYSの悲しい愛の物語に心酔し耽溺し号泣するのである。

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Gentrification (ジェントリフィケーション)中とはいえ、ゴミがいっぱいでジャンキーもいる街、イーストヴィレッジ。
バーがたくさんあるので、週末にはNYUの酔っ払い学生が大騒ぎ。GAY BARも大賑わいになる。
偉大なGAY藝術家が歩いたストリートを私は今日も歩く。

昨日までは彼らがこのストリートを歩いていたなんて知らなかった。
同じストリートを歩いていると思うと、光がどこからともなく差して来てアスファルトに反射する。
ゴミにしか見えなかったものがキラキラ〜と輝いて見える。
しかも、愛に溢れたロマンチックなストリートに見えてしまう。

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ところで、カケルくんが言っていたのだが、アーサー・ラッセルが注目されるようになったのは、2004年に未発表の曲をまとめたアルバムがCDで発表され、“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』もデジタル化されて発売されたからだという。
彼の音楽は忘れ去られることはなかったのだ!

再び光を当てたイギリスのSoul Jazz RecordsやAudika Recordsは素晴らしいと思う。トム・リーさんは何千というアーサー・ラッセルが録音したテープ(オープンリールやカセットテープ)と何百冊という歌詞を書いたノートを所有していた。
最近、日本ではアーサー・ラッセルに興味を持つ若者が急増し、再々注目とのことだ!!!
またBBCも9月にドキュメンタリーラジオ番組を放送しているので、世界中で再々注目ということだ!

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デジタル化されて再びリリースされた”World Of Echo”のジャケット。 透き通る声がとても印象的。

1973年から1992年までの未発表の音源(宅録音源も含む)をコンピレーションしたアルバム、“Calling Out Of Context”『コーリング・アウト・オブ・コンテクスト』も2004年に発売された。
ディスクユニオンのサイトで「脳内ディスコ・ミュージック」であると解説されてある。こちら〜
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“Calling Out Of Context”のジャケット。

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宅録しているアーサー・ラッセル!YAMAHA DX7を使っていたようだ。電気はアレン・ギンズバーグから!

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私はカケルくんを思い出すと地元の個人オーナーのコーヒーショップとGAY BARのThe Boiler Roomを思い出す。閉店の朝4時までいた。Eastern Blockに行って、The Boiler Roomに行って、Urgeに行って、またThe Boiler Roomに戻ってーーーとGAY BAR HOPPINGをしていた。クレイジーで楽しかった。URGEのあった建物はコンドミニアムに建て替えられて今ではペット用品店になり、Go-Go Boyが踊っていた面影は全くない。EXILEのダンススタジオが隣に出てきてる。

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カケルくんとよく一緒にいったTHE BOILER ROOMで踊る私たち!!2000年代のイーストヴィレッジのGAYカルチャーを垣間見れるかな?

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追記&訂正: カケルくんから連絡があり、Allen Ginsbergのカタカナ表記は「アレン・ギンズバーグ」なのに「キンズバーグ」となっているとのこと。

キ(誤)——> ギ(正)

やばーーい!

慌てて訂正した。

バカが露呈!!

お恥ずかしい限りである。ひとり校閲状態なので、誤字脱字や固有名詞の間違いは多々にあるにしても、大学生以来何十年、私はずっと「キンズバーグ」と思っていた。本当に恥ずかしい!!!団塊の世代を「だんこん/男根」の世代と読んでしまった以来の大失態であ〜る。
英語のバカとか間抜けの意味の形容詞である比較変化〜が私の称号である。
dumb! dumber! dumbest!
拙ブログにも校閲ガールが欲しいものであ〜る。

すみませんでした!

2016年10月6日

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彼の名前は、アレン・キンズバーグではなく、ギンズバーグである!!!もう一生忘れない!!カケルくん、ありがとう!

2

いろんな色がある

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おはこんばんちは〜

先日は、ドイツ人の完璧シックスパックのイケメン、ベンジャミンくんについてお伝えした。後ろ姿もーーー、きゃぁーーーのお尻ぷりんぷりんである!

ストレート男性向けの世界的な有名な健康雑誌” MEN’S HEALTH”『メンズヘルス』にヨーロッパで初めてトランスマンのベンジャミンくんが登場し、歴史的な出来事としてニュースになった。ベンジャミンくんを知ったのは話題になったからではなく、ベンジャミンくんについて知る「きっかけ」があった。

東京在住のゲイ友NSくんが主催する上映会が3月下旬に新宿二丁目にあるコミュニティセンターaktaで開催された。テーマは『HIV/AIDS』。上映する作品をオンラインで観せてもらった。その一つの作品に、映像アーティスト、リース・アーンストによる「女性から男性になったルー・サリバン氏のインタビュー」をベースにしたアート映像があった。衝撃的でもあり、共感する部分も多々あり、胸が締め付けられるくらい悲しくもあり6分30秒という時間にいろんな気持ちになった。

ルー・サリバン氏のインタビュー映像がきっかけとなってトランスマンについて検索。そして、イケメンの2人、ベンジャミンくんやエイドリアンくんについて知ることになったのである。

こちらがRhys Ernst/リース・アーンストによる“Dear Lou Sullivan”『拝啓 ルー・サリバン様』である。

英語。日本語字幕なし。

NSくんからのご提供で日本語字幕付きの映像。

注意:GAYポルノも映像もオーバーラップするのでR18指定である。が、セクシャル的にキワドイシーンはない!

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エイディアンくんは既婚者で妻がいる。ベンジャミンくんのインスタグラムを見ると同じ女性との親密な雰囲気漂う写真が公開されているので、妻かガールフレンドがいるのだろうと推測される。

女性から男性にトランジッションしてストレート男子になって女性を愛する!というのがTRANS MAN/トランスマン(FTM・女性から男性)なのだと私は思っていた。ルー・サリバン氏は、トランスマンになり、GAYになった!!

ルー・サリバン氏は、男の体になって男を愛して愛され、男として男とセックスをしたかった!その夢を叶えた。

私はルー・サリバン氏のことが大好きになった〜〜

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ルー・サリバン氏は1951年生まれ(昭和26年生まれ)。女性として生まれたが、GAYマンになった。1991年(平成3年)に40歳の若さでAIDSで亡くなる。

ルー・サリバン氏がインタビューで言っていたことを書き出す。(超 意訳をお許しを 〜)。

「ジェンダークリニックでGAY MANになりたいと言ったら手術を拒否されました」

「睾丸一個をインプラント後、拒否反応からの回復後にHIVに感染しているということが分かったんです」

「AIDSは単にもうひとつの新しい問題という感じです。ずっと自分の体には問題があったから。AIDSとうまく付き合っていくという感じですかね」

「HIVに感染していも安全なセックスをしているので今は満足しています」

「私はずっとGAY MANになりたかったし、不可能だという反対意見もたくさんあった中、こうしてGAY MANとして生きて、GAYの病気であるAIDSになり、 私はGAY MANになったんです。成功しました」

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トランスマンの活動家のルー・サリバン氏。晩年はFTM、ゲイコミュニティーのために働く。アイコン的存在である。

ルー・サリバン氏の年譜
ルー・サリバン・ソサエティーのサイトから。The Lou Sullivan Society http://www.lousullivansociety.org/

1951年  ウイスコン州のミルウォーキーで引越し屋さんを経営するカソリックの厳格な家庭の6人兄弟の次女として生まれる。
1973年(22歳) 男性の服装で生活を始める。活動家として記事を寄稿する。
1975年(24歳) サンフランシスコに移住する。
1979年(29歳) テストステロン服用開始
1980年(30歳) mastectomy/マステクトミー(乳房切除術)後、完全にGAYマンとして生きる!!
1986年(35歳) 4月 睾丸インプラント手術とクリトリス延長手術
1986年(35歳) 12月 HIVに感染していることが判明
1991年(39歳) AIDSによる病気のため永眠

ルー・サリバン氏の活動によってジェンダークリニックでは同性愛者になるために手術をすることは認めていなかったが、その条項が削除された!!!1980年にマステクトミー(乳房切除術)後、GAYマンを公言。初めての著書である”Information for the Female-to-Male Crossdresser and Transsexual”『FtoMのクロスドレッサーとトランスセクシャルのための情報』を上梓する。リース・アーンスト氏の映像に交錯している英文の本である。

GAYを公言してから亡くなるまでの10年間、彼は女性から男性になることについて記事を書き、サンフランスコでは人気の講演者になった。ゲイとレズビアンの歴史協会の創立者にもなり、ニュースレターの編集にも携わる。写植のビジネスも始めた。19世紀末から20世紀にかけて66歳の生涯のうち40年間は男として生きた女性 Jack B. Garland/ジャックB・ガーランドの伝記も出版した。

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アマゾンで購入できる。ジャックB・ガーランドの伝記。ルー・サリバン氏著。

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ゲイ友達にルー・サリバン氏のことを言った。その中のひとりのゲイ友の反応が「ストレートの女性のままで男とセックスした方が何の問題はなかったのではないか?」。それは無理解な意見のように思える。豊満な胸を吸われて揉まれるよりも平らで胸毛もある胸の小さな乳首を触れられて吸われたかったのだと思う。男として。性自認(セクシャルアイデンティー)は 男性なのだから。

「ルー・サリバン氏はTOP or BOTTOM? ペニスはあるの?」とはほとんどのゲイ友からの質問だった。検索調査の結果、映像作品のオリジナルのインタビューではクリトリスの延長手術と睾丸のインプラントをしたが、一つの方が拒否反応をしてしまい、しかもHIVに感染していることが判明したので、手術はしてもらえず睾丸が一個のままかもしれないと落胆。感染よりも手術してもらえないという方が問題だったが、手術してもらうことができて睾丸が二つになった。卵巣と子宮はそのままだが(hysterectomy/ヒステレクトミーはしてない)、生理はないので問題はない。ヴァジャイナ(女性器)もそのままであると語っている。

術後、体については何の疑問も持たれず、GAY GUYSによくある一夜だけの関係をGAY GUYと結ぶことができて嬉しいということも書き残している。サンフランシスコにスーツ姿のハンサムがいっぱいてドキドキするとも。その気持ち、よーーーく分かる!LOL

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ところで、彼が言っていた違和感・・・とは、女性の体なのに男性を認識するという 違和感。その他に、ホルモンを服用しての副作用的な医学的な違和感もあると思うのだ。その点について、分かる気がする。「辛くてしんどい」体の変調には激しく共感する。

私はホルモンに関連する病気を患っている。手術も3回。今もホルモン剤を服用している。体調の悪い時は、蛇のような龍のような魔物が体内をぐるぐる回っている感覚に襲われる。頭が痛く、心が落ち込んで自分が死ぬことを想像してしまう。何もしたくない。脳内の太陽が遮断され、活動は停滞して、寝込む。元気な時でも下腹部は常に痛いので臓器である「子宮」の存在を意識している。

女性から男性になる( Female To Man/FTM )ためには、テストステロンなど男性ホルモンを服用し続けなければならない。卵巣を摘出したら骨がもろくなるなどのネガティヴな症状も出てくるので補填もしなくてはいけないだろう。手術は一回だけではなく数回行う。

手術は術後が辛い!!

ホルモン服用は体内と脳内にぐるぐると魔物がうごめく。うううううう〜
「自分が認識ている本当の体になる!!」という希望と目標があるからエモーショナリーにもメンタリー的にも乗り切れるのかもしれないが、きっと肉体的には辛いに違いない。

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GAY世界ではGAYトラスマンを歓迎しない声もあるらしい。医学の発展でGAYトランスマンの人数も増えた。「自分はGAYだと思っていたのにヴァジャイナ(女性器)のあるトランスマンの彼が好き!でもボクはペニスが好きなGAYなはずなんだけど・・・」
と悩むGAY GUYもいる。そんな彼に心理セラピストはこうアドバイスするという。「セクシャリティーは白か黒かという二者選択というのはなくオーバラップする(重なる)部分があってもなんなら問題はない」。

“Dear Lou Sullivan”『拝啓 ルー・サリバン様』を制作したリース・アーンストもトランスマンだ。パートナーのザッカリー・ドラッカーはトランスウーマン(男の性から女の性へ)。カップルでトランジッションする日々を捉えた写真スライド作品を発表した。2014年、ニューヨークのホイットニー美術館で展示された。
性別をトランジッションしたカップルもいるのである。

左がリース・アーンスト、右がザッカリー・ドラッカー Casey Kelbaugh for The New York Times

左がリース・アーンスト、右がザッカリー・ドラッカー
Casey Kelbaugh for The New York Times

セクシャリティーは男女のヘテロセクシャル(異性愛)だけでなく、それにLGBTのカテゴリーに縛られない、LGBTの象徴であるレインボーカラーの七色以上にいろいろな色があるだと改めて思った。

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ところで、QAFのジャスティンではなくLOL、ニューヨークでの初めてのゲイ友ジャスティンに「GAY GUYが(私の)中にいるんだよ」と言われたことがあった。

ジャスティンの発言で、ぼんやりと思っていたことが明確になった感じだった。確かにいる!いる!いる!いる!!と思った。腐女子にある「心のちんこ」の存在を最近教えていただいた。その時も、はっきりと意識していなかったことがクリアになった感じだった。ある!ある!ある!

社会的に女性よりも優位である男性になればやりたいことが達成できるような気がして、そういう意味では男になりたいと思ったことはある。それに、生理痛が酷いので、同じ生殖活動なのに全く痛みを感じない、しかも気持ちいいという射精をする男性に生まれれば良かったと思ったことは何百万回もある。性自認(セクシャルアイディンティー)は男だとは思ったことはない。

しかし、GAY GUYメグトは心の中にいる。

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ジャスティンと!GAY MAN INSIDE MEを指摘してくれた!私も若かったな(ぼそ)ジャスティンとカールくんは偶然にも同じ歳だ!

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ルー・サリバン氏の言葉を思い出しては切なくなり、涙も出る。

「GAYの病気であるAIDSになり、 私は本当のGAY MANになりました。成功しました」。

彼が亡くなってから25年の歳月が流れ、HIVに感染してもAIDSを発症することなく死に直結する病気ではなくなり、服用すればHIVに感染しない薬Prepもある。
リリーが亡くなってから85年が経ち、医学はめざましく発達し、現在でも手術は危険は伴うが、性適合手術もホルモン治療もはるかに進歩している。

新たな世界を見せてくれたNSくんに感謝である。固定観念に捉われると見えないものがたくさんがあるんだと気付かされた。彼の意識の高さにはいつも驚く。


トランスマンの季刊誌である”Original Pluming”の表紙はルー・サリバン氏。トランスマンのパイオニアでヒーローである彼の特集号。2013年春季発行。穏やかでやさしい人柄ではないかと表情から想像する。

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心置きなく男の美しい裸体が鑑賞できるニューヨークの名所

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あるゲイ雑誌に心置きなく男の裸が鑑賞できるニューヨークの名所ということで紹介されていた(笑)ところをご紹介しよう。

そこは、メトロポリタン美術館の古代ギリシャ&古代ローマ芸術セクション!!
裸の男の彫像が展示されている!!!

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ようこそ、古代ギリシャ&古代ローマ芸術セクション!!へ!!

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鍛えられたシックスパックの体に美しいお顔(イケメン)な人を「まるで彫刻のよう」というのは定番の褒め言葉だ。その通り、例えにするぐらい彫像は美しい。美術館の歴史的展示品なので気軽に大理石の感触は確かめられなかったが、きっとスムーズで冷たい肌触りなのだろう。

残念ながら、時を隔てて松茸に似た棒状のモノは破損している彫像が多く、たまたま(睾丸・testicles)は何千年の時にも負けることなくしっかりとぶら下がっていた!突起していると破損しやすいのだろうと推測。

古代ギリシャの人々はパンツを履く習慣はなく、男性はフリチンだったのだろうか?と思うくら神でも戦士でも少年でも誰でも(笑)裸ばかり。きっと「美しいもの=男性の裸体」だったのだろう。

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ところで、気付いていただけだろうか???

彫像の写真といえば「前」だけ。「お尻も見たいのに〜」という心の声が聞こえた!!!
前だけでなく「お尻」も撮影してきた!!!!

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ぷりぷりぷりーんと上がっている!!!

お尻だけ見てどの彫像かが分かるくらいになったと言っても過言ではない(笑)!!!

それにしても、お尻をまじまじ見て写真撮影をしているのは私だけだった。恥ずかしかった〜!!

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上記写真は、鑑賞していただくことを目的にしたので、彫像についての説明のキャプションを入れなかった。
しかし、解説を読んで発見!感動!したことがあったのでお伝えしたいと思う!!

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いつものごとくのにわか勉強で申し訳ないが、この上記の2つの彫像はポリュクレイトス(よく言えない難しい名前だ)という古代ギリシャの彫刻家の作品のコピー作品、模刻だった!!ローマ帝国時代に模造彫刻が作られ、本物のオリジナル作品は所在不明らしい。ポリュクレイトスは紀元前5世紀に活躍した彫刻家である。ポリュクレイトス大先生は人体の均整美を追求し、理論書「カノン(規範)」を著した(ブリタニカ百科事典より)立派な方なのだ。

上の彫像:「勝利の紐 (ディアデマ ) を頭に結ぶ青年」ca. A.D. 69–96 彫刻家ポリュクレイトス大先生の作品を模刻

下の彫像:「ヘルメスの像」(オリュンポス十二神の男神)A.D.69–96  彫刻家ポリュクレイトス大先生の作品を模刻

人体の均等美とは、例えば人差し指の8本分の腕の長さが美しく見えるというようなものらしく、ポリュクレイトス大先生の弟子リュシッポスが「八頭身」が美しいという理論を打ち立てた。大先生の美しさの理論は「七頭身」だったのだが・・・。現代でも美人やハンサムの条件は「八頭身」だ!驚くことに紀元前5世紀から脈々と受け継げられているわけだ。当時の人と比べると現代人は背が高いなど肉体的な変化があっても、なお美しいと思うということは人間が感じる美しさの比率は不変で普遍ということだと思う。だが、素人の目には「七頭身」と「八頭身」の違いは全然分からず、ポリュクレイトス大先生の「七頭身」の作品(模刻だが)はとても美しい。

気になってしまうことがある。松茸に似た棒状のものの均等美についての理論(カノン)についてだ。どうポリュクレイトス大先生は実験・考察の結果、書いているのだろうか??? 例えば、親指2本分とか? 巨大なペニスケースを装着している部族もいるし、日本の春画はゴジラ級に巨大だ!しかし、巨大なものは古代ギリシャでは好まれなかったのではないか?というのは彫像からの様子で伺えるのだが、大先生はどうお考えだったのだろうか? 女子は男子(GAY GUYS+ストレートも含む)と違って重きを置くのはサイズではなく「愛」なので、彫像のが小さくても全く問題はないのだが(照れ笑い)。

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全ての説明をしなくて申し訳ないが、上記のもう一つの彫像について。

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12の試練を乗り切った英雄ヘラクレスであ〜る。右の腕には倒した獅子(ライオン)の皮が!!お尻の方には棍棒が!!獅子は確か素手で闘ったはずだけど。
メトロポリタン美術館の解説によると、皇帝ネロの時代にあったパブリックバス(銭湯)を発掘した時にヘラクレス像がバラバラの状態で出てきた。多分、お髭のヘラクレスと中庭を挟んで飾られたていたのではないかと思われている。古代ローマ人のお風呂のインテリアはとても豪華だったことが想像できる!漫画『テルマエ・ロマエ』を思い出す。17世紀のお金持ちヴィンチェンツォ・ジュスティニアーニ氏のコレクションだった。今はメトロポリタン美術館が所蔵。いつの時代もお金持ちは美術品のコレクターになる。

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〜〜入場料について〜〜

料金を払うカウンターの上に金額が提示されている。現在は25ドルではないかと思われる。その横にsuggested donationと書かれ、超意訳すれば「メトロポリタン美術館がご来場のお客さまにお願いする寄付の提案額です」。だから、絶対に支払わなければ入場できないわけではなく、あくまでも提案なので、自分が払える金額の寄付金でいいのである。もちろん藝術のために寄付したいのであれば何ドルでもいいのである。100ドルでも1億ドルでも!!私は25セント(コイン)では流石にはばかれるので、1ドル札で入場している(笑)。

噂では街中が美術館らしい本家本元のローマやアテネにも行ったことはないが、ニューヨークでも古代ギリシャと古代ローマへのタイムトラベルができて、しかも計算された美しい男性の裸体を誰にも気兼ねなく鑑賞できる素敵な場所、メトロポリタン美術館!!!庶民でも藝術を堪能できる素敵な所でもある。ぜひニューヨークにいらした際は足を運んでください!

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おまけ!!

彫像も素敵だが今存在する血の通う裸体を!!筋肉美のイケメン男性に関しては最高の目利きであるゲイ友カールくんがおすすめとして送ってきた!!!

ロシアの写真家Alex Yocuによるロシア人男性ダンサーの写真であ〜る!!写真家はホモエロティックに撮ろうという意図は全くなかったが、アクロバティックなポーズがそう思わせるようになってしまったらしい。国がロシアだけに大丈夫なのだろうかと心配してしまった。肉体美はとても藝術的だがコミカルに感じてしまうのはポーズのせいかと思ったのだが、照明のせい? 写真家はドキュメンタリー専門なので藝術的な目線とは違うのかもしれない。それにしても、タイムマシンがあって、私がとんでもなく大金持ちだったら、彫刻家ポリュクレイトス大先生にお願いして彼らを彫刻にしてもらいたい!!ポリュクレイトス大先生のセンスと理論で彼らの肉体美が最高の藝術になるに違いない!!

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ENDO MARCH(エンド・マーチ)3月19日(土)開催!!
子宮内膜症を知ってもらおう!病気に負けないぞ!

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ワシントンDCですること。

首都ワシントンDCに来ている。

DCに行くとすることがいくつかある。

1. ホワイトハウスに行って、オバマ大統領にご挨拶する(笑)。

来年からは新しい大統領になるのでオバマ大統領にご挨拶に行くのは今年が最後の年になる。
「こんにちは」とご挨拶してきた、外観からだけど。

以前はフェンスの前で記念撮影できたが、度重なる不法侵入のためにゲートが設けられていた。

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「こんにちは〜!オバマ大統領!

オバマ大統領の一般教書演説はテレビで観ました。
演壇に向かう途中、大統領と挨拶を交わす同性婚が合法であるということに賛成をした最高判事のひとりキンズバーグ女史も映り、胸がジーンとして涙が出ました!」

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合法であると判決を下した5人の最高裁判事!キンズバーグ女史はニューヨークはブルックリン出身である。

話はそれるが、我が顔にほうれい線を入れて二重アゴにしたら不本意ながらしっかり老け顔に!
現実世界では避けられない老化の波。せめて仮想世界では若くありたい!
今後はほうれい線を入れるのは止めよう。

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2. ゲイ友アレックスに会う。

2010年秋に医師としてボランティア医療活動をしていたカールくんをエチオピアに訪ね、それからカールくん、アレックス、人民女子、私の4人でタンザニア・サファリ冒険の旅に出かけた。

一緒に過ごしたのは2週間未満で、その後もたまにしか会わないのだが、アレックスに会うたびに深い絆で結ばれている!!と感じる。
他の仲間の人民女子にも!!
グループテキストで5年経った今でも旅行ネタで盛り上がれる。

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ライオンに遭遇した時は感動した。自然とはいえ連日人間が訪れているので車には慣れていた!ライオン、ゾウ、キリンは簡単に遭遇できるがサイは大変警戒心が強くなかなか遭遇できない動物らしく、我々も近くでは見ることはできなかった。

残念ながら今回は出張でDCにいないのでアレックスには会えない。

前回会ったのは去年の夏。

アレックスの旦那さんの友達のお誕生会に連れていってもらい、アレックスと旦那さんとでMoon Walk(ムーンウォーク)をしたのだ!

「Moon Walk(ムーンウォーク)しよう」と言われた時は、一体なんだろう?と予想もつかなかったが、
空気で膨らんだエアマットがトランポリンのように弾むので月面での散歩を体感できる!
だからムーンウォークと言うらしい。
知らなかった!
ちなみに、子供用の遊具だ。

下記の写真がMoon Walk(ムーンウォーク)。

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中に入って月面散歩!!大人も楽しめるが、基本は子供向けなので転げ落ちないように安全のため四方が囲まれている。

お友達がムーンウォークをお誕生会の余興としてレンタルして自宅の庭に設置。
私はこういうのが苦手でねんざも怖いので断ったが、がんばってチャレンジした。
アレックスに動画撮影されてカールくんに送られて笑い者に!!
ううううーー
へっぴり腰のムーンウォークだったが、恐れていたケガはしなかった。

しかし、旦那さんは月面ジャンプの着地に失敗し、足の指を骨折という大怪我を負ってしまったのだ!
回復したという報告テキストは来たのだが、元気になったのか会って確かめたかった。

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3. Hirshhorn Museum(ハーシュハーン)美術館に行く。

大好きな美術館のひとつなのであ〜る。

現代美術や映像作品が奇抜で衝撃的!
「今度は何を見せてくれるの?」と企画展示が変わるのが楽しみなので〜る。
ニューヨークのMoMAはいつ行っても大混雑だが、それほど人気がないのか人が少なくゆったりゆっくりと鑑賞できる。

ハーシュハーン美術館の名前は、美術コレクションとお金を政府に寄付したハーシュハーン氏の名字から付けられている。
投資を生業として大儲けをしたらしい。

建物は円形なので展示品を鑑賞しているといつの間にか出発点にたどり着く。

スミソニアン博物館のひとつなので入場料は無料!!!!!
さすが首都DC!!!
国立美術館も無料であ〜る!

今回は展示室を改装したことと開館40周年を記念して、”AT THE HUB OF THINGS: NEW VIEWS OF THE COLLECTION”というタイトルで
美術館が購入・収蔵している作品が展示されていた。

壁がピカピカの真新しくて真っ白になっていた展示室に入った途端、思わず声が出てしまった!

「なんじゃー、コレ〜」

(驚くとどうしても出てしまう(笑))

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赤やピンクのモノがド派手にキラキラ〜と輝き、てっぺんには片方の目が潰れている不気味なうさぎが鎮座している。
クリスマスツリーみたいな中には人の形をした人形がいる。
それも全身タイツのようなものを被って黒子みたいだ。

近くで見るとキラキラの正体はプラスチックのカゴだった。
タイツのようなものを履いていて、その柄もシ縞ヘビのようで、おどろおどろしく、マグマみたいで圧迫感がある。

写真だと、派手で異様で不気味で楽しそうなこの作品のスゴイ雰囲気が伝わらないのが残念だ。

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顔の部分であ〜る。

説明を読むと、
アーティストはNick Cave氏。

Soundsuit(サウンドスーツ)というタイトル。
ハーシュハーン美術館は2009年に購入。

1991年から製作を開始し、数は何十着とにも及び、展示されているのはその一着。
ギャラリーに飾るだけのものもあれば、着用してパフォーマンスするものあり、材料はフリーマーケットなど調達し、古着やボトルのキャップなどガラクタで作る。
このサウンドスーツのキラキラを構成しているのはイースーターで使われるカゴで、(不気味な)うさぎはイースターバニー。

これは踊る用ではなく、ギャラリー用だと思われる。飾ってあるから。でも踊っている様子も観てみたい。
かなり大きいので背の高い人でないと着こなせないだろう。

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この作品を見た瞬間から実は思った。

アーティストはGAYじゃないだろうか???

作品からバシバシ発散されているオーラは、私の心に突き刺さる。

早速、ネットで検索してみると、Nick Cave氏は黒人でGAYも公言しているアーティストでもありパフォーマーだった。

Soundsuit(サウンドスーツ)は1991年のロドニー・キング氏事件をきっかけに製作を始めたとのこと。
踊ると音(サウンド)が出るから命名したらしい。

性別も人種も階級も全て隠す——これが、Soundsuit(サウンドスーツ)の要なのだという。

人は人をカテゴライズする。そういうのはどうでもいいじゃないかーーーというのがSoundsuit(サウンドスーツ)に込められているという。

なるほど、そういうことだったのか。

しかし、この作品を見て思いっきりアーティストはGAYじゃないだろうか?
とセクシャリティーをカテゴライズしてしまった私は作者であるNick Cave氏の意図と反する反応を思いっきりしてしまったことになる。

GAYじゃなかったら生まれないアイディアや美意識もあると思う。
そこに激しく反応してしまう鑑賞客もいるわけで、そこは大目にみてもらえないだろうか?

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角度を変えた足元写真。

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残念なことにゲイ友には会えなかったが、ホワイトハウスにも行けたし、Hirshhorn Museum(ハーシュハーン)美術館では今回も衝撃的な作品 ーーSoundsuit(サウンドスーツ)ーー に出会えたし、
その感動を胸にしまってバスでニューヨークに戻る。

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