East Villageに住んでいたGAY藝術家 〜詩人ビルディング〜

おはこんばんちは〜

秋雨が降っている。
いかがお過ごしですか?

10月であ〜る!

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GAY友ジャスティンを覚えているだろうか?
ドラマのQAFのジャスティンではなく実在の人物のジャスティンである。

GAYの知り合いはいたが、ジャスティンは親友と呼べる初めてのニューヨークのGAY友だった。ジャスティンはハリウッド映画の撮影のためにニューヨークに来ていた。撮影の合間に訪れたGAY BAR、Eastern Block(イースタンブロック)。
そこに私がいた(笑)!気が合ってすぐに友達になった。

ジャスティンが携わっていた映画はキャメロン・ディアス主演の“What Happens in Vegas”『ベガスの恋に勝つルール』。ニューヨークでの3ヶ月での撮影が終わり、2007年11月、ジャスティンはLAに戻っていた。

1年後に公開された『ベガスの恋に勝つルール』を観て泣いた。内容ではなく映画に出てくるロケのシーンは、ジャスティンとの思い出の場所ばかりだったからだ。私はジャスティンに会いにロケ現場に行っていた。

クレイジーで面白くてモテモテのジャスティンがいない喪失感は大きかった。
GAY GUYSと一緒にいると本当の自分になれて、ストレートの男性を気にする必要がないGAY BARは本当の自分になれる場所だった。

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ジャスティンとの思い出がいっぱい詰まっている映画であ〜る!打ち上げパーティではキャメロン・ディアスに会わせてくれた〜

ひとりぼっちになってしまった私は、拙ブログで孤独と寂しさを切々と訴えた。
そんな時に、カケルくんが「僕と一緒にGAY BARに行きましょう」と拙ブログに書き込みをしてくれたのだった。救われた感じがした。

もう8年以上も前のことだ。カケルくんとイーストヴィレッジ にあるコーヒーショップで待ち合わせて、イーストヴィレッジのGAY BARめぐりをしたのである。それ以来カケルくんとは友達になった!

しかし、悲しいことに、2年半前、彼は日本に帰国。彼にとっては人生の新しい章の始まりなので悲しむのではなく喜ぶべきなのに・・・悲しいと書いてしまった。ごめん。また大きな喪失感に襲われ、カケルロスは現在も続いている。

カケルくんがDeeeeep! New York! 10周年に寄せてメッセージを送ってくれた。

『カケルにとってDeeeeep! New York! はイーストヴィレッジ への入り口でした。
そこから僕のニューヨークゲイライフは始まりました。
悲しみと怒りと喜びに溢れたdeeeeepでリッチなニューヨーク・ゲイカルチャーがイーストヴィレッジにはありました。

イーストヴィレッジは70年代 80年代のニューヨークアートシーンが有名で何となく知っていました。 イーストヴィレッジが特にというわけではなく ニューヨーク全体に関心がありました。でも徐々にぼやっとしてたイメージが見えれば見えるほどイーストヴィレッジの世界に引き込まれました。

Eastern Bloc NYC(イースタンブロック)やThe Boiler Room(ボイラールーム)など一緒によく行きましたが、メグミさんを思い出すとURGE(アージ)を思い出します。残念なことに閉店してしまいました。』

カケルくん、メッセージをありがとう!!

via gaytravel.about.com

via gaytravel.about.com


↑ URGEの外観だ。懐かしい!!!!金・土の夜にはGo-Go Boyが踊っていた!!

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私は イーストヴィレッジに住んでいる。カケルくんはイーストヴィレッジを愛している。イーストヴィレッジがカケルくんとの絆だ。

70年代、80年代、90年イーストヴィレッジはボヘミアン(作家、画家、ミュージシャン)のコミュニティーである(あった)。ドラッグをしているのが普通のような世界だったらしい。マドンナも大スターになる前はイーストヴィレッジに住んでいた。家賃が安いので、売れようとがんばっている若いアーティストたちの藝術活動には最適なエリアだった。

イーストヴィレッジは藝術や文化の発信地だったのだ!!

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ピンクで囲まれているのがイーストヴィレッジである!

貧乏だけど元気いっぱい!それが魅力的!ドラッグ中毒者がいっぱいで危険だけどエネルギーがある!それが魅力的!ミュージシャンや藝術家が歩いている!それが魅力的!他にはない魅力に惹かれて人々が入ってきた。(←私もその一人だ)貧民街だったのだが、中産化、高級化されて家賃や地価が高騰し、貧乏人は住めない環境になり、アーティストではなく会社勤めの安定した収入の人々が住むようになり、藝術的な雰囲気が消滅してしまう、Gentrification (ジェントリフィケーション)がイーストヴィレッジでも起こっている。

ラモーンズやパティ・スミスがライブをした、ニューヨーク・パンクが生まれた場所であるライブハウスのCBGB’Sが代表的な例だ。
家賃高騰で営業できず、男性用パンツを$398(約4万円)で販売している高級ブランドが現在、店を構えている。

パンク vs 高級ブランド!
正反対のオブジェクト!!
激しい変化である!

治安は良くなり、夜歩くのは怖くないが、金の亡者に魂を売り渡したような複雑な気持ちだ。


↑ 私も何度かライブを観に行ったことがある。CBGB’Sの外観。

しかし、ちょっとだけオシャレなエリアに変わってはいるが、それでもヘロイン中毒者を頻繁に見掛ける。カケルくん曰く「新しいコンド(マンション)が建ってもイーストヴィレッジのあの独特な感じは変わりませんよ」。

イーストヴィレッジのアートシーンについて学び詳しくなったカケルくんから イーストヴィレッジに住んでいたGAYアーティストについて教えてもらった。住んでいるのに何も知らない私😅😅😅。
アレン・ギンズバーグは知っていたが他にもたくさんのGAYアーティストがいたのだった!彼らがイーストヴィレッジのどこに住んでいたのかをお伝えしようと思う。

ビートジェネレーションの詩人アレン・ギンズバーグ。
彼はイーストヴィレッジのどこに住んでいたのだろう?

検索するとすぐに分かった。アレン・ギンズバーグが住んでいたアパートがリノーベションされて賃貸できるというブログに住所が書かれていた。

住所は、437 East 12th St(アベニューAとファーストアベニューの間)。

1975年から1997年にガンでこの世を去るまでパートナーのピーター・オーロフスキーと住んでいたという。

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若かりしき時のアレン・ギンズバーグ(右)とピーター・オーロフスキー(左)カップル!

まさにご近所さんなので行ってきた。
12th StreetとアベニューAの角のコーヒーショップには何度も行ったことがあるし、近くにGAY BAR”Phonex”があり、よく知っている場所だった。

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ここに住んでいたんだ!!!エレベーターがなく階段を使うウォークアップ6階建て。

ところで、アレン・ギンズバーグがGAYというのはニューヨークに来るまで全く知らなかった。

亡くなったのもその437 East 12th Stのイーストヴィレッジのアパートで、パートナーのピーター・オーロフスキー、友人そして元愛人たち(セフレ)に看取られて亡くなったということだ。死が二人を分かつまで40年以上一緒にいたカップルだった。

またパートナーのピーター・オーロフスキーは2010年にガンで亡くなる1年前までアレン・ギンズバーグと住んでいたイーストヴィレッジのアパートに住んでいた。享年76歳。

1970年代、ヘロインの密売人やギャングがストリートの街角にいて治安が悪く誰も住みたがらないアパートの3ユニットをまとめて家賃600ドルで借りていたという。彼らは4階に住んでいた。一つは2人の生活の場所。二つ目はアレン・ギンズバーグの書斎。三つ目は学生などに貸ししていた。

現在の家賃は1ユニット$1,900(約20万円)。現在はアレン・ギンズバーグのファンが住んでいる。ファン自身のブログで知った。FYI: ファンの方はストレートのようである。
こちらである。

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4階に住んでいたんだ〜と見上げる!首が痛ぇ〜〜て、てててて〜😅😅😅😅😅

アレン・ギンズバーグを初めて知ったのは大学一年生の時だった。生まれも育ちも東京というファショナルブルで文学にも哲学にも精通していた同級生の男子から「ビートジェネレーション」を教えてもらったのだ。福島の寒村出身の田舎者の私は「ビートジェネレーション」という言葉を知っているだけでニューヨーク の文学を知った気になっていたが、原書を読んでも翻訳を読んでも当時の私にはチンプンカンプンだった。

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歳を重ねたアレンとピーターの2人!太ももが触れ合っているのがいい感じであ〜る。

アレン・ギンズバーグが主人公の映画が2010年に公開されている。

アレン・ギンズバーグの代表作である詩“Howl”『吠える』 は猥褻作品として発行者が告発され裁判になった。それで有名になってベストセラーになったらしい。猥褻か文学かの裁判の模様とジェームス・フランコ演じるアレン・ギンズバーグが自宅でインビューに答えている様子とアニメーションで表現された”Howl”『吠える』を中心に展開されている映画。ピーター・オーロフスキーとの恋愛関係にはあまりフォーカスされてないのが私的にはとても残念である。

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監督はハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー”The Times of Harvey Milk”『ハーヴェイ・ミルク』(アカデミー賞受賞)を監督したGAYを公言しているロバート・エプスタインである。

同じアパートに住んでいたのはカケル青年が敬愛するミュージシャンのアーサー・ラッセルである。最上階の6階に住んでいた。

カケルくんからアーサー・ラッセルの存在を教えもらった。作詞作曲を手掛けるシンガーソングライターであり、チェロ奏者であり、ディスコミュージクで80年代ニューヨークで大人気だった。私も彼の魅力に惹かれてしまった!!

カケルくんは、このドキュメンタリーは絶対観なくてはいけないものだと直感したのがアーサー・ラッセルとの出会いだった。2008年に公開された”Wild Combination: A Portrait of Arthur Russell”『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』である。

監督はMatt Wolf (マット・ウルフ)氏。1982年生まれのアメリカ人で弱冠26歳でこのドキュメンタリーをリリースした!
オフィシャルサイトはこちら〜

カケルくんに薦められて鑑賞した。

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アーサー・ラッセルのご両親、交友のあったフリップ・グラスなど音楽関係の関係者、パートナー、トミー・リーさんのインタビューがメインに構成されている。

*** 以下ネタバレの内容も含むので知りたくない方はご注意!!***

アーサー・ラッセルは17歳でアイオア州のど田舎の自宅から出奔する。 アレン・ギンズバーグとサンフランシスコで出会い、男男の関係になる。セックスする。仏教の信仰などアレン・ギンズバーグに影響されることも多く、音楽と歌をアーサー・ラッセルが、アレン・ギンズバーグが詩の朗読というコラボレーションをたくさんしている。ニューヨークのアパートもアレン・ギンズバーグが確保してくれた。

そこは、”Poet Building”「詩人の建物」と呼ばれ、藝術家が住み、ウィリアム・バロウズやボブ・ディラン、バッドブレインズなど他にもたくさんのアーティストが集まっていた。

手塚治虫、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐなど日本を代表する漫画家たちが住んでいた「トキワ荘」を連想した。

現在は家賃が高いので、発展途上の若いアーティストが住むには経済的に厳しいだろう。現在、若い藝術家たちはブルックリンに住んでいる。かつての活気がなくなってしまうようで、Gentrification (ジェントリフィケーション)は藝術の面では悲しい結果をもたらしてしまうのかもしれない。

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トキワ荘の跡地のようにご利益のパワースポットとして撃術の神様が降臨してきますようにとお願いしてきた(笑)!まだ諦めていないぞ!

アーサー・ラッセルに近所に住むトム・リーという恋人ができる。恋人は437 East 12th Stのアパートに引越。同棲が始まる。
余談:2人の部屋は6階なので、毎日の上り下りは大変だけど足腰の健康には最適な住宅環境である!

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS

Photo courtesy of AUDIKA RECORDS


↑ 自宅アパートの階段を踊りながら上ってきたアーサー・ラッセル!

アレン・ギンズバーグもアーサー・ラッセルもオープンリレーションシップだった。パートナーはいるが他の人とセックスしてもOKというものでGAYカップルには多い関係だ。


↑ 左がアーサー・ラッセル。右がトム・リーさん。

代表的なアルバム“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』をリリース後、アーサー・ラッセルはHIVであることが判明。エイズ関連の病気で1992年4月4日に40歳の若さで亡くなる。パートナーのトム・リーさんは2011年まで 437 East 12th Stのアパートで暮らしていたということだ。

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アレン・ギンズバーグが亡くなったのはエイズクライシスの後である。エイズ関連の病気ではない。そうえいば、アレン・ギンズバーグがエイズ・エピデミック/クライシスについて 言及しているのを聞いたことがない。検索してみると私と同じような疑問を持ち調べた人がいる。Emily Rutherfordさんである。こちらに書かれてある。

Emily Rutherfordさんによると、アレン・ギンズバーグはAIDSについては 2回だけ二つの詩で言及している。
しかし、読者的には期待している悲しいとか辛いとか動揺や激しい気持ちを全く書いていないという。

みんなが動揺して恐怖に陥った年1986年3月15日にアレン・ギンズバーグが書いた詩、“Sphincter”(スフィンクター)
訳すると「括約筋(かつやくきん)」である。
肛門の輪状の筋肉である!!!!

要約すると・・・

ボクのグッドで歳を重ねたお尻の穴が持ちこたえるといいな〜
60歳の今も大丈夫だから、きっと大丈夫じゃないかな〜

ちょっと出血したり、痔もあるけど、
陰茎もコーラの瓶もキャンドルも指もバナナも人参も入れられたくてしょうがない

AIDSの出現でお尻の穴がシャイになってしまったけど、
まだ仕(つか)えたくて仕方がない

20年後はどうなっているかは分からないけれど
死ぬまでお尻の穴が若いままでいてくれたらな〜

・・・率直で実直で気取らない詩かもしれないが、迫るHIVの恐怖やAIDSで苦しむ人々や仲間を気遣う気持ちがあってもいいのではないか!心配事は己のお尻の穴ことだけか? 

アレン・ギンズバーグは自己中過ぎる!!!と、勝手に怒っていたそんな時、カケルくんからBBCラジオでアーサー・ラッセルについてのドキュメンタリーの番組が制作されて聴けることを教えてもらった。“Arthur Russell: Vanished into Music”『アーサー・ラッセル:音楽に消えた』イギリス人の作家Olivia Laing(オリビア・ラング)さんがナビゲイトしている。
リンクはこちらである。
公開から30日は無料で聴取できる。

*** 以下もネタバレの内容を含むので知りたくない方はご注意!!***

その番組で、アーサー・ラッセルの友人は、アレン・ギンズバーグがAIDSで発症したガン(体のあちらこちらに転移)で苦しんでいるアーサー・ラッセルの部屋を毎日午後訪ねて来て、ただ一緒に座っていたことを伝えていた。

またパートーナーのトム・リーさんがこう語っていた。
「アーサーは末期になると記憶障害に陥っていました。ある時、夜の9時、バスローブ姿のアレンが僕たちの部屋を訪ねてきて、アーサーの隣に座ってもいいかと僕に聞きました。アレンは瞑想して、仏教のマントラを唱えて、アーサーの隣に座っていました。アレンは本当にアーサーを心配してくれて、父親のように心配していました」

アレン・ギンズバーグは自分のお尻の穴の状態だけを気にしている自己中な人間ではなかった!!!!!!!

カケルくんと電話で話した。

第二次世界大戦を経験したアレン・ギンズバーグの世代。今度は我が子であってもおかしくない若い世代の友達が知り合いが新しい病気で次々と亡くなっていく。カケルくんはこう言った。辛かったり悲しかったりすると涙は出てこない。あまりにも悲しくて辛くて、さらにアレン・ギンズバーグ自身の体の調子も悪く、HIV/AIDSについて書けなかったのではないか?

アーサー・ラッセルとトム・リーさんが住むアパートの電気はアレン・ギンズバーグの部屋から延長コードを外側から伸ばして使っていたという。アーサーの使うキーボードや録音するデッキの電気はアレン・ギンズバーグが賄ってくれていた!!!とトム・リーさんは語っていた。

アレン・ギンズバーグはアーサー・ラッセルをずっと気に掛けて心配していたことを示すエピソードである。

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アベニューAから12th Stを見た風景。彼らもこのストリートを歩いていた!!

トム・リーさんは勤勉な会社員だった。

自由業であるミュージシャンのアーサー・ラッセル自身と才能を愛して経済的にも精神的にもサポートした。時々他の人とエッチしていることも認めていた。アーサー・ラッセルがHIVポジティヴと分かってから彼もHIVテストをしたところ、彼は陰性だった。病状も悪く死期が近付いていた。喉頭ガンも患っていたがアーサー・ラッセルは毎日トム・リーに唄っていたという。

糟糠(そうこう)の夫である。大スターになってアレン・ギンズバーグから電気をもらう生活からステップアップ!治安の悪い貧民街から脱出し、マドンナのようにアッパーウエストサイドの高級アパートに引っ越しをしてゴージャスな生活ができたかもしれない。それよりもなによりも長生きしてそばにずっといて欲しかっただろうと思う。

www.residentadvisor.net Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.

http://www.residentadvisor.net
Arthur Russell, Tom Lee and Steven Hall at a SHINY magazine party at the Doug Milford Gallery in the early 1980s.


↑ 左からアーサー・ラッセル、トム・リーさん、音楽仲間のスティーヴ・ホール氏。ドキュメンタリーのトム・リーさんはやさしそうで、はにかんだ表情が印象的だった。はにかむ笑顔の写真を発見して載せた!

BBCのラジオ番組はドキュメンタリー映画『ワイルド コンビネーション:アーサー ラッセルの肖像』より、2人のロマンチックなエピソードが多くドラマッチクに構成している。
トミー・リーさんが語る2人のLOVE LOVEな思い出話で終了する。

私の涙腺は崩壊してしまった。

胸が締め付けられて胸が苦しいぃ〜!!!
涙が、ダダダダダダダダダダダダーーーーーーーーーーーー!
2人の歩く姿が見えて、涙が滝のように流れた。

きっとカケルくんも泣いたに違いない。

メロドマラ好きだとか、陳腐だとかクサイとか痛いとか言われようが、腐女子は愛し合うGAY GUYSの悲しい愛の物語に心酔し耽溺し号泣するのである。

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Gentrification (ジェントリフィケーション)中とはいえ、ゴミがいっぱいでジャンキーもいる街、イーストヴィレッジ。
バーがたくさんあるので、週末にはNYUの酔っ払い学生が大騒ぎ。GAY BARも大賑わいになる。
偉大なGAY藝術家が歩いたストリートを私は今日も歩く。

昨日までは彼らがこのストリートを歩いていたなんて知らなかった。
同じストリートを歩いていると思うと、光がどこからともなく差して来てアスファルトに反射する。
ゴミにしか見えなかったものがキラキラ〜と輝いて見える。
しかも、愛に溢れたロマンチックなストリートに見えてしまう。

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ところで、カケルくんが言っていたのだが、アーサー・ラッセルが注目されるようになったのは、2004年に未発表の曲をまとめたアルバムがCDで発表され、“World of Echo”『ワールド・オブ・エコー』もデジタル化されて発売されたからだという。
彼の音楽は忘れ去られることはなかったのだ!

再び光を当てたイギリスのSoul Jazz RecordsやAudika Recordsは素晴らしいと思う。トム・リーさんは何千というアーサー・ラッセルが録音したテープ(オープンリールやカセットテープ)と何百冊という歌詞を書いたノートを所有していた。
最近、日本ではアーサー・ラッセルに興味を持つ若者が急増し、再々注目とのことだ!!!
またBBCも9月にドキュメンタリーラジオ番組を放送しているので、世界中で再々注目ということだ!

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デジタル化されて再びリリースされた”World Of Echo”のジャケット。 透き通る声がとても印象的。

1973年から1992年までの未発表の音源(宅録音源も含む)をコンピレーションしたアルバム、“Calling Out Of Context”『コーリング・アウト・オブ・コンテクスト』も2004年に発売された。
ディスクユニオンのサイトで「脳内ディスコ・ミュージック」であると解説されてある。こちら〜
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“Calling Out Of Context”のジャケット。

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宅録しているアーサー・ラッセル!YAMAHA DX7を使っていたようだ。電気はアレン・ギンズバーグから!

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私はカケルくんを思い出すと地元の個人オーナーのコーヒーショップとGAY BARのThe Boiler Roomを思い出す。閉店の朝4時までいた。Eastern Blockに行って、The Boiler Roomに行って、Urgeに行って、またThe Boiler Roomに戻ってーーーとGAY BAR HOPPINGをしていた。クレイジーで楽しかった。URGEのあった建物はコンドミニアムに建て替えられて今ではペット用品店になり、Go-Go Boyが踊っていた面影は全くない。EXILEのダンススタジオが隣に出てきてる。

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カケルくんとよく一緒にいったTHE BOILER ROOMで踊る私たち!!2000年代のイーストヴィレッジのGAYカルチャーを垣間見れるかな?

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追記&訂正: カケルくんから連絡があり、Allen Ginsbergのカタカナ表記は「アレン・ギンズバーグ」なのに「キンズバーグ」となっているとのこと。

キ(誤)——> ギ(正)

やばーーい!

慌てて訂正した。

バカが露呈!!

お恥ずかしい限りである。ひとり校閲状態なので、誤字脱字や固有名詞の間違いは多々にあるにしても、大学生以来何十年、私はずっと「キンズバーグ」と思っていた。本当に恥ずかしい!!!団塊の世代を「だんこん/男根」の世代と読んでしまった以来の大失態であ〜る。
英語のバカとか間抜けの意味の形容詞である比較変化〜が私の称号である。
dumb! dumber! dumbest!
拙ブログにも校閲ガールが欲しいものであ〜る。

すみませんでした!

2016年10月6日

ag8
彼の名前は、アレン・キンズバーグではなく、ギンズバーグである!!!もう一生忘れない!!カケルくん、ありがとう!