大島さんの話でアリストパネスが語る神話とヘッドウィグの愛の起源を思った「海辺のカフカ」

先々週、村上春樹原作、蜷川幸雄演出の「海辺のカフカ」をリンカーンセンターで観劇した。

歌舞伎を彷彿させる黒子さんたちが移動式の透明な箱のようなものに入っているトラックや部屋や森を動かすという舞台セットだった。
その動きはしっかり計算されていてぶつかることなくスムーズに動かされて、何よりもセットはこうあるべきものという固定観念をぶっ飛ばしてくれた。

移動式透明箱型セットとはなんと画期的なのだろう。

風になびくカーテンの動き方も絶妙でため息が出た。セットは全て日本から運んだのだろうか? 演出家蜷川幸雄の偉大さを目の当たりにした。

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さて、観劇した方はそれぞれに何か心に残った台詞やシーンがあるはずだ。

私の場合は、移動式透明箱型セットの他に、図書司書の大島さんの台詞だった。
大島さんは藤木直人さんが演じた。
大島さんは女性として生まれたが性転換して男性になった。

恥ずかしいことに誰もが読んでいる『海辺のカフカ』を読んだことはない。

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藤木直人さんが演じる大島さんはトランスジェンダー

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大島さんがこんなことを言った。
「もともと人間は女女、男男、男女だった。神の怒りにふれて半分にされて・・・」

台詞についての記憶が不確かで曖昧なので、下記は村上春樹原作『海辺のカフカ』より抜粋してみる。

「昔の世界は男と女ではなく、男男と男女と女女によって成立していた。つまり今の二人分の素材でひとりの人間ができていたんだ。それでみんな満足して、こともなく暮らしていた。ところが神様が刃物を使って全員を半分に割ってしまった。きれいに真っ二つに。その結果、世の中は男と女だけになり、人々はあるべき残りの半身をもとめて、右往左往しながら人生を送るようになった。」

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この話は、私の人生感を変えた話なのである。
初めて知ったのは高校時代。
何かの雑誌で古代ギリシャ哲学についての特集記事を読んだ時にだ。

人間は女女、男男、男女(おめ)のもともと3種類だった!という話だ。

次に誰もが思うと思う。
私の半身はどこにいるのだろうか?と思った。
いつか巡り会えるだろうか?
高校時代は「女女」だと思っていたから、まだ見ぬ半身の女性を夢見ていた。

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悲劇詩人アガトンが悲劇詩コンクールで優勝。催した祝勝宴において、列席したアテネの教養人たちが愛の神エロスについて各々の見解を述べ、ソクラテスと対話する。その話をプラトンが『饗宴』に収めた。ソクラテスの弟子であるアリストパネスが語った神話なのである。「人間は女女、男男、男女のもともと3種類だった。ゼウスの怒りに触れて半分にされてしまった・・・。半身は再びひとつにしたいという欲望を抱き、探し求めて生きているのだ」。

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プラトンの『饗宴』。英語では『シンポジウム』“symposium”という。

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そして、3種類だった人間が半身にされて半身を求めて生きる話は、90年代ニューヨークのオフブロードウェイで大人気を博し、映画化もされて、最近はオフでなく『ブロードウェイ』に進出した、まるで出世魚ブリのごときの” Hedwig and The Angry Inch”(ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ)の代表的な歌 ” The Origin of Love”で唄われている。

大島さんが語った話と同じく、歌詞はプラトンの『饗宴』に収載されているアリストパネスが語った神話をベースにしている。

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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチはブロードウェイで現在大人気上演中。出世魚ブリのごときだ。写真のヘッドウィグは本家本元のジョン・キャメロン・ミッチェル。

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ブロードウェイに進出してからは主演のヘドウィグは、原作・主演・脚本のジョン・キャメロン・ミッチェルではなく、ニール・パトリック・ハリスなど数ヶ月交代で様々なスターが主演を務めている。

私はジョン・キャメロン・ミッチェルが主演すると聞き、主演版(公演期間:2015年1月21日〜2月14日、2月24日〜4月26日)を鑑賞した。

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原作・脚本・監督のジョン・キャメロン・ミッチェル主演版を3月に観てきた。

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そこでアメリカ人のゲイ友ジョーに偶然あった。
なんと彼は約30回も鑑賞していた!!

“The Origin of Love” 「愛の起源」では必ず一緒に唄ながら泣いてしまうとジョー。映画と同じアニメーションが劇中でも映写されていた。劇場内、大合唱であった。

「なんでゲイに生まれたの?こんな生きづらいゲイに…」
その答えが、“The Origin of Love” 「愛の起源」にあるから、とジョーは言っていた。

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『愛の起源』の男男である太陽の子。ヘッドウィグのアニメーションから。

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「海辺のカフカ」の大島さんの台詞で、私はアリストパネスが語ったギリシャの神話を思い出し、それからヘドウィグ・アンド・アングリーインチの代表的な歌“The Origin of Love” 「愛の起源」を思った。

そして終演後、田村カフカくんはいわばオイディプス王で探している半身は実のお母さんだったということなのか?
田村カフカくんの『愛の起源』はお母さんだったの?

・・・今も考えている。

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Aristophanes
彼がソクラテスの弟子で詩人のアリストパネス。

アリストパネス氏本人によると彼の半身は男性。それも若い男性だ。言い難いのでつい遠回し的に言ったが、つまり「少年」が半身。現代では哲学者という地位なら殊更糾弾され、逮捕!懲役!は免れないが、紀元前400年ごろの古代ギリシャでは罰せられることはなかった。今から2千と420年も前のはるか昔の話だ。「愛慾の満足のためでなく愛人(少年)と再会して融合して一つになることが、かつて一体だったころの憧憬がエロスである・・・」とプラトンに語っているアリストパネス。

だから、客観的にみれば悲劇的である田村カフカくんの半身も「アリ」ということなのかもしれない。