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タンザニア・サファリの旅

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今回のアフリカ旅行のメインはサファリであ〜る。
日本各地にあるサファリ・パークではない!
本物のサファリであ〜る。

しかし、サファリといえば、この歌が脳内にリピートする!!

♪♪♪♪ほんとに ほんとに ほんとに ほんとに ライオンだ♪♪♪♪

(富士サファリパークのCMより)

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しかし、サファリといえば、富士サファリパークのCMよりも何よりも豊島園のアフリカ館を思い出す。
ジープに乗って、アフリカの動物、象やキリンを観る。

出口には確かスチーワーディスのお姉さんのマネキン人形が立ち、
「お帰りなさいませ」と音声が流れて、風がピューと吹き、スカートがめくれる。
美し過ぎるマネキンの無表情さとスカートめくりは不気味な相性だったのを今でも覚えている。

私の田舎の似たようなライド型のアトラクションもマネキン人形のスカートがめくれるのがあったので
「スカートめくり」は70年代の流行だったのだと思う。

象やライオンもいたと思うが、はっきり記憶にはなく、ひょうが頭上を左から右に
ピューと動き、ドキッとするのである。

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先ほど、ぐっぐってみたが、豊島園のアフリカ館は閉館したとのこと。
残念である。
ある意味、超Deeeeeeepなアトラクションだった。
としまえんの歴史のサイトより引用。

1969年 (昭和44年)アフリカ館 完成
1998年 (平成10年) アフリカ館 解体

高度成長期後、日本人のあこがれの地がサファリだったのだ・・・。

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ところで、サファリの旅にはカールくんの他の友達2人が参加する。
人数が多ければ安くなるのである。
カールくんの友人アレックスくん。ワシントンDC在住。
彼とは1度会ったことがある。
ラテン系のアメリカ人である。
セクシャリティーはゲイである。

そしてもう一人は、カールくんの医学校時代の友達の奥さんの友達でカールくんは
1度しか会ったことがないが、フィラデルフィアに住む大学院生の人民女子。
カールくんはサファリ代を少しでも安くといろんな人に行かないかと声を掛けていた。

私が練りに練って安く行く方法を考えたのと対照的に、
「5千ドルなら出せる!」とポーンと航空券を購入したとカールくんから話を聞いていた。

人民学生の親は驚くくらい金持ちであ〜〜〜〜る!
すごい!!!
景気のいい話しか聞かない。

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エチオピアのアディス・アベバからタンザニアのキリマンジャロ空港までエチオピア航空で飛ぶ。
プロペラ機の50人程度の小さな飛行機だ。
午前1時30分に出発したが、飲み物と機内食が出た。

エチオピアからタンザニアまでは2時間。
両国の間にケニアがある。
ケニアといえばウィリアム王子がケイトさんにプロポーズしたところだ♥♡♥

エチオピア→ケニア→タンザニア(赤道のちょっと下)

彼らとはサファリの出発点であるアルーシャ(タンザニアにある市の名前)のロッジで会うことになっている。


キリマンジャロ空港からザンジバルまで飛ぶ。ザンジバルは世界遺産に指定されている美しい島のようだ。行くべしと今回の旅行で会った人達に言われた。Queenのフレディー・マーキュリーが生まれ育った場所でもあ〜る!

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真夜中にこんなちゃんとした機内食を出されても食べられない。アフリカ内の飛行機代は決して安くない。
往復500ドルだった。

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飛行機のタラップを降りた直後感じたのは、うわっ!湿気!むっ!暑い!

マラリアの薬も昨日から飲み始めた。
「蚊」がいる気候である。

空港のイミグレーションでは「イエローカード」を提出する。
黄熱病の予防接種をしたことを示すカードだ。
190ドルもした!!
アメリカから直接タンザニアに行く場合は黄熱病の予防接種はいらないが、エチオピアから入国する場合は必要となる。
なぜならエチオピアでは黄熱病が流行しているから。

入国ビザも必要だった。
私は既にニューヨークのタンザニア領事館で取得していったので手続きはスムーズだった。

キリマンジャロ空港に着いたのは午前3時30分。
サファリ・ツアーの方が迎えに来てくれた。
アレックスと人民女子は先に無事に着いてロッジで休んでいるという。

ところで、空港の名前がキリマンジャロ。
そうあのキリマンジャロの近くにある空港なのである。
世界の名峰のひとつであ〜る。
またコーヒーといえばのキリマンジャロ。
日本の喫茶店ではお高いコーヒーだった!
残念ながら夜明け前なのでキリマンジャロの姿は拝むことはできなかった。

キリマンジャロを登るという選択もあり、多くの観光客がそれを目指してこの土地を訪れているが、
ハイキングは苦手で「カールくんにごめーーん!無理」と言うと
「ボクも嫌いなんだぁ〜」と2人の意見が合い、オプションには入れなかった。

登頂までに要する時間は6時間。
登山初心者でも登れるらしいが、もちろんそれなりの装備は必要らしく、そこまでお金を掛けても
「そこにキリマンジャロがあるから」といって登りたくはなかった・・・。

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周囲は真っ暗で全く風景が見えない。
ガソリンスタンドやATMマシーンの光が時々見えるくらいだ。
アフリカでATMマシーンが!?と驚いたが、「バカにしているのか?」とタンザニア人に怒られそうである。

道路は舗装されていてるので車は快適に走る。
とても良い道路である。
ニューヨークのボコボコ道路とは大違いである。
またエチオピアの首都アディスアベバで苦しんだ排気ガスもない!!!
息ができる!!

自転車の荷台と前にポリタンクを2〜3個載せて、自転車を引いている人の姿を何人も見た。

ドライバーのクリスさんに聞くと「牛乳をアルーシャの街まで売りに行くんですよ」と教えてくれた。
自転車の荷台に載せてミルクを・・・。
なぜかパトラッシュが浮かんだ・・・。

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舗装道路を逸れて、今度は舗装されていない激しく上下に動く道を数分行くとロッジに着いた。
立派なゲートだ。周りと隔離しているようなそんなゲートだった。
ここも停電で、真っ暗!

ランタンを持ったロッジの人が迎えてくれた。
停電にはすっかり慣れっこになっていて暗闇の風情を楽しむ余裕も出て来た。

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ロッジにはシャワーがあった!
久しぶりのシャワー!
ニューヨーク以来である!
それも温かいお湯だった!
「ありがたや〜!ありがたや〜!」とお湯のありがたさをこれほど思ったことはない。

しかし、これが束の間の幸せなことに、この時の菊楽恵は知るよしはなかった。
幸せは長続きしないのである。
それが世の法則であ〜る。
サファリの旅は想像以上に過酷なものだったのだ!!!

つづく

朝目を覚まし、ロッジの外に出る!停電でさっぱり分からなかったが、タイを彷彿させる建物だった!!と言ってもタイには行ったことはないのだが。アフリカのイメージとはかけ離れて驚く!