Faghagの定義って何? 〜新しい言葉を考えてみる。〜

TitleDPNY.jpg 

***

時々コメントをくださるかかしさんの「Faghagの定義って何なのでしょう?」という疑問をゲイ友数人に投げ掛けてみた結果、カールくんの回答が最も医学的でというのは冗談だが、最も分かりやすく、私のこれまでのもやもやしたものが吹き飛んだ。

カールくんよれば、FAGHAGというのは3通りにカテゴライズされるという。

***

Faily Princess(妖精姫):
ジュディー・ガーランド、そしてマドンナやブリトニーやカイリー・ミノーグ、日本では浜崎あゆみ
などゲイメンが魅力を感じ好きになる女性。
有名人というのが大きなポイントらしい。

***

Faghag (ファグハッグ):
ゲイメンとつるんで遊ぶのが大好きな女性。
ゲイメンの友達が多数。

***

Fruits Fly(フルーツ・フライ、日本語ではショウジョウバエ):
ゲイメンに恋をしてしまう女性。

***

カールくんの女友達で以前、私は一代目、二代目と会ったと書いた女性達は
上記の3つには入らないという。
それは、彼女達はゲイガイズとつるんで遊ぶのはカールくんを通してだし、
カールくんのゲイ友が彼女のゲイ友で、他にはいないし、ゲイメンが特に大好きなわけではなく、
彼女達は、カールくんのベスト女友達で、FAGHAGではないという。

なるほどぉ〜。

カールくんに私については、こう言われた。
「有名人ではないがゲイメンに愛されているし、ボク以外にゲイ友はいっぱいいるし、ゲイメンに恋もするので、Faily Princess(妖精姫)、FaghagそしてFruits Flyの三冠王だよ!」

きゃぁ〜〜〜!
三冠王!
いぇ〜〜〜い!

***

思い起こせば、その昔、二丁目にゲイとは決して自分のことを言わなかった男性と毎晩のように飲みに行き、
彼には数軒常連にしているバーがあって、そのバーの名前は忘れて忘れてしまったが、女言葉を話す鼻筋が通り、目がきりっとしたハンサムなバーテンダーのお兄さんがいて、彼には「鮎原こずえ」と呼ばれ(20代の方は知っているのだろうか?笑)、当時、私は気合いが入った女子だったらしいが、空気スパイクを投げられ、レシーヴできずに怒られていたことを思い出し、決してゲイとは名乗らなかった男性について将来彼と結婚するかもと今では明確に当たらなかった予感と言える予感を伊勢丹の前で抱き、ゲイとは何ぞやとは言葉では全く分からず、でも、ゲイガイズと遊んでいた大学生時代からすれば、アメリカ人のゲイガイから三冠王と言われるくらいになった現在、感慨深いものがあ〜る。

ところで、その頃、私にも人並みにボーイフレンド(ストレート)ができて、決してゲイとは名乗らなかった男性とは疎遠になり、2丁目からも足が遠のいた。

***

ところで、FAGHAGの定義についてはそれぞれのゲイガイズは違う見解があるが、
FAGはゲイに対するHAGは女性に対する侮辱の言葉で、Fruits Flyもショウジョウバエである。
酷い。
共にストレートの男が付けたに違いないと思われるので、もっと違う名称が必要かもしれない。

FAGHAG→マドモアゼル・ヴァタフライなんてはどう?
蝶々夫人の夫人の部分を変更(笑)
偉大なる作曲家、チャイコフスキーもゲイ。
ゲイに恋するFruits Flyはプリンセス・オデットはどうだろう。
白鳥のように美しくなきゃ。

Faghagの定義って何? 〜新しい言葉を考えてみる。〜」への4件のフィードバック

  1. >ゲイに恋するFruits Flyはプリンセス・オデットはどうだろう

    バレエ好きの私にはすんごく嬉しいーーー!!!
    恵さん、センス良過ぎですーーーー!!!
    ありがとうーーーーー!!!

  2. 聞き取り調査、参考になります(笑)
    なるほど、なかなかうなずける3カテゴリーですね。
    何年か前に、行きつけのレストランにディナーに出かけた際
    (友人カップルと一緒にです)
    たまたまほかの友人たちとバーで遭遇し、
    なぜかfaghagの話になったのですね。
    そのときにそこにいたゲイの友人たち6-7名が口をそろえて
    「かかしはfaghagじゃないよー」といったのが印象的でした。
    私もカール君のお友達、一代目、二代目に近いのかな。

    faghagというカテゴリーの難しさは、
    どうも思うに、gayというカテゴリーを打ち立てる難しさと
    連動しているように思います。
    従来の「ストレートの男」というカテゴリーから
    はみ出すgayの男性について
    (性的嗜好性だけではなく、彼らの文化も含めて)
    gayというカテゴリーが必要なわけですが、
    それもまたひとつの生み出された規範性なわけで。
    sexualityやgenderって固定化できないものを
    ここでも固定化する力として働いているように感じます。

    で、そこに揺らぎを持ち込むのが良くも悪くも
    いろいろな定義に分かれるfaghagと括られる
    女性の存在なのではないかと。

    性愛=恋愛なのか
    というはなはだ不穏な異議申し立てをする存在、かもしれません。

    私と友人とは周りの人がよく知っているように
    とても仲がよく近しい関係ですけれど、
    二人だけの仲のよさは
    周りの人には見せないようなところがあります。
    (性的なテンションが皆無でも)
    誤解が面倒くさいというか、
    きっちりと分かれたgayとstraightという区分に
    はまりきらないからだろうと思うのですね。

    だからfaghag(というカテゴリー)を考えるということは
    gayだけではなく、genderとか
    愛情とかいうものの枠組みを考える契機のように思います。

    ともあれfaghagもdrugqueenも
    ある種、既存の枠組みについてのパロディーなのなのだと
    そんな風に考えています。

    • かかしさん

      『ともあれfaghagもdrugqueenも
      ある種、既存の枠組みについてのパロディーなのなのだと
      そんな風に考えています。』
      どういうことでしょうか?
      こんな私に分かるようにお教えください。

コメントは受け付けていません。