藝術の主題になる関係

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ストレートの男友達からDVDをもらった。
映画のDVDだ。
わざわざ私のために買ったわけではなく仕事の関係で回ってきたらしいのだが、
「絶対観ないし、絶対観る人のためにあげるよ」と私にくれた。

彼が絶対観ない!と言い切るのはゲイ映画だから。
「そこまで言わなくてもいいのに」と思う。
絶対観ないと言い切るあたり、ゲイであることを隠しているんじゃないの?と疑いたくもなる。
「キミが気に入るから〜」と普通に言えないのだろうか。

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ところで、ストレート男友達がくれたのはHis Secret Lifeというタイトルのイタリア映画。直訳すれば「彼の秘密生活」。
タイトルから映画の内容が想像できる。
ゲイであることを隠して生きている男性の話に違いない。
100%確信!!
mysecretlife
監督はトルコ出身のFerzan Özpetek氏。イタリアに移住し、イタリアで活躍している。

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私の100%確信は当たった。

以下、ネタバレになるのでご注意ください!!

幸せな結婚生活を送っていた、ごくありふれたカップル。
しかし、夫が交通事故で亡くなる。
死後、妻は夫が大切にしていた絵画の裏に愛の言葉を発見する。
夫は浮気をしていた!!

妻は浮気の相手の女性のアパートを訪ねる。
そこには美しい男性と女性が複数いた。
1人の男性(上記ジャケットの男性)はそんな女性は知らないと妻を追い返すが、妻は納得しない。
「なぜ夫はこの部屋の鍵を持っているの?」と部屋に戻る。

男性が冷たい表情のままで言う。
「この部屋の様子を見て分からない?」
妻はアパートをぐると見る。
男性はゲイ? 女性はレズビアン? トランスジェンダー?

「ボクがあなたの旦那の浮気相手だよ」

ええええ〜???

夫はゲイだった。

そのアパートには恋人と夫が仲睦まじく写っている写真。
(胸が痛い)

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それから、妻は夫の恋人の男性を通して夫の真実を知ろうとする。

ある夜、愛する者を失った者同士、妻と恋人はむさぼり合うように抱擁しキスをする。
妻は恋人の男性に夫の姿を写し、恋人は亡くなった男性の妻と接触することで亡くなった恋人を感じようとする。

美しくも辛いシーンであった。

(女には恋をしないゲイだが、男の性機能は女を受け入れてしまう・・・罪である。残酷である。)

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ところで、夫の恋人と妻がスーパーマーケットに買い物に出掛けるシーンがある。
恋人はすれ違った素敵な男性を目で追い、妻の話に上の空になってしまう。
ゲイ友といると必ずこういうことがあるので、この演出は現実に忠実だと思った(笑)。
監督自身もゲイに違いない。
ま、ストレートの男もセクシーな女性を見ると同じ状態になるので、男ならではの行動なのだろう。

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ゲイマンとストレート女性の関係は悲劇的で藝術の主題になる。

ルームメイト氏の言葉を思い出す。
私は好きで好きで全ての生活を投げ捨てて彼のところに行きたかった。
「妻の二の舞を踏むことはできない。私はメグミを愛せない。裏切らない友達にはなれるけど・・・」

藝術の主題になる関係」への6件のフィードバック

  1. かかしさん

    『身体的に相容れない相手を人生の大切な部分に
    持つことを悲劇だと考えることに私は懐疑的だということです』

    そのように思える人もいれば、思えない人(妻だったりした場合)もいるわけで、でもいずれにしても「身体的に相容れない相手を人生の大切な部分に持つことを幸せ!」と思えるような相手にめぐり会えた人(かかしさん)は幸せということです。

  2. おはようございます。
    そうですね、私たち(私と友人)とのことですね。

    身体的なことが悩みになったり、
    私たちの関係に影を落とすことはほぼないです。

    ようは、身体的に相容れない相手を人生の大切な部分に
    持つことを悲劇だと考えることに
    私は懐疑的だということです。

    互いを大切に思うこと相手がいることを恵まれたことだと感じます。
    そのことのために互いに模索すること、努力すること、
    そうやって織り進めてきた・いくこと自体に
    意味があるように思います。

  3. 悲劇にするか、否か。
    悲劇となるか、否か。
    というところでしょうか。

    身体の欲望とそれにまつわる感情。
    そこを凝視すれば悲劇。

    抱きたいのに抱くことができない、なら悲劇。
    抱かれたいのに抱かれない、のも悲劇。
    そういう形で求められたいのに、求められないのも悲劇。

    でも、その人だけに用意された場所が
    相手の心にあるのであれば、
    それは豊かで、幸いなことではないでしょうか。

    そういう存在が互いの生にあることの喜びもあるように思います。
    どこに思いを凝らすかですね。

    あらゆる物語が恋愛劇である必要もないし、
    恋愛劇でない物語に人を救うカタルシスの力がないわけでもない。

    などと信じて、
    懲りずに試行錯誤を繰り返す人間関係もあります。

  4. うおー。これ観たい!

    でも、日本の amazon で検索したら、中古の VHS ビデオしかみつからなかったです。DVDじゃないのね・・・。レンタルでどっかにないかちょっと探してみます。

    決して繋がれない2者が繋がろうとする図は、普遍的な物語性(=悲劇性)を持つと私も思います。

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