私ってクレイジー? 血は水よりも濃くない場合もある。

wkennewyear
このKENsの写真、気に入っている!

***

大晦日のパーティーはストレートの方々ばかりで、大抵は夫婦という状況だった。
ゲイガイズはいなかった。
しかし、パーティーを主催したのは私の友達なので、私がゲイガイズが大好き!ということを知っている。
そして2009年の目標は「ゲイ友100人を作る」という壮大な計画(か?)を立てたことも知っている。
「ゲイガイズは全く来ないけれど、落胆することはないわ!ゲイ友がいっぱいいる夫婦も招待したのよ!
紹介するわ」と友達から言われた。

ちなみに夫婦とは男女のヘテロ・セクシャルの夫婦である。

***

で、ゲイ友がいっぱいいるというアメリカ人の白人夫婦を紹介してもらった。
最初から「ゲイ好きなんです、彼女」という恐ろしい直球ではなく、
「映画を監督したり、脚本を書いたりしたりしているんです」と藝術家風な紹介を友達はしてくれた。
友達もちゃんと空気を読んでいる。

友達を交えて4人でまずはお互いの仕事の話なんぞをして、
そして次第に打ち解けて、それから話が盛り上がったところに、
友達が「あのね、ゲイのお友達たくさんいるんですよね〜。彼女もなんですよ〜」
と話を「本題」に振った。

「そうなんだよ。ワイフがFAGHAG(おこげ)でね〜」と旦那さん。

夫の仕事はアート系。
ゲイガイズの割合が高い分野なので、それで知り合いが多いのかと思ったら違った。
妻の大学の友人にレズビアンがいる。
彼女がゲイガイズの友達を紹介してくれて、それでみんなと友達になったそうである。
なんと夫婦とゲイガイズとレズビアンと他のストレートの女友達で夏はキャンプに行くらしい。

「わぁ〜!うらやましいぃ〜」と思わず言ったしまった私。
それに旦那さんも理解がある。

妻に質問してみた。
「ゲイバーやクラブには一緒に行くんですか?」
「うん、行くわよ。ゲイガイズは踊るのが大好きでしょう。それに楽しいしね」
確かに、ゲイメンは踊るのが大好きだ。
彼らと一緒に踊るのが楽しいから・・・私がゲイバーに行く理由のひとつだ。

「私も踊るのが好きだから一緒に行くけど、段々キスしたり、お互い触り合ったり、裸になったり、大変になるのよね。だから、そういうふうになったら、バイ!ガイズって帰る事にしているの〜」と妻。

う〜ん、成る程。
妻は賢明なFAGHAG(おこげ)。
引き際を知っている。
ゲイガイズが変調を来す(もやもや〜ん)前に帰れば、取り残されたりしないわけだ。

「もしも今度何かゲイガイズと遊ぶ機会がありましたら、ぜひ私も呼んでください」
とお願いした。
「もちろん」
と妻からの明るい答えが返ってきた。
本当に招待されるかどうかは全く期待していないが、万が一ということがあるので、
お願いしてみた次第だ。
悲しい哉、社交辞令という可能性が高いと思う。

***後日談***

後日、友達から聞いたのだが旦那さんが私のことを「クレイジーだね」と言っていたそうだ。
思い返せば、夫の私の見る目は怯えていた。
むむむ〜。

ゲイガイズの友達が欲しいっていうことはクレイジーなのか?
「クレイジーで悪かったね!ストレートマンよ!ふん」
と少し腹を立てたが、「ストレートの男の友達100人欲しい」=(セックスしたいの暗喩)
という方がクレイジーではないか?
あなたとセックスをしたいと妻帯者の夫を誘惑する方がクレイジーではないか?
まっ、価値観はひとそれぞれ違うから、腹を立てる私は間違っているかもしれない。

ところで、パーティーを主催した友達が後日、「ゲイのネタを大晦日のパーティーで出していいかどうか、
迷ったんだけど変に隠すのも変だと思って、メグミさんをあのご夫婦に紹介したんだけど・・・。
実はあの時、お父さんがクローゼットのゲイでお母さんと離婚してオープンリー・ゲイになったという男の人がいたの」

「ええええ〜!!」
と、私はルームメイト氏が元妻との間に子供が出来ていたら、子供は彼と同じ境遇に・・・と考えてしまった。
現実のブロークバックマウンテン話。

しかし、彼の話はシンプルではなかった。

「お父さんがゲイだからと言ってゲイが嫌いなわけじゃないとは思うんだけど。それにちょっと話は複雑でね。
離婚した後、お母さんに男ができてお母さんは彼をゲイの父親に預けたらしいのよ。10代の始めの頃ね。
お父さんは彼氏と暮らしていたから、お父さんとボーイフレンドとの3人での生活が始まったんだけど、
今度はお父さんに他の男ができてお父さんは新しい男に走り、家を出て行ってしまったのよ。
でも、お父さんの元彼が彼を立派に育てたのよ」

「わぁ〜、そういうこともあるんだ」と正直驚いた。

愛情溢れる子煩悩なゲイマンに出会ったのだと思う。
自分の子供でもなく、元彼氏の子供を育て上げたゲイマン。
なかなかできるものではない。
血は水より濃し、というが、愛情は血縁関係から生まれるものではないとこの話を聞いて思った。
もし養子を育てることになってもきっと愛せるのかもしれないと思った。

***

本当のお父さんとお母さんについては私の友達は彼から聞いていないという。
両親は彼を捨てた。

私ってクレイジー? 血は水よりも濃くない場合もある。」への4件のフィードバック

  1. 玲さん

    子供を捨て男に走った女性が、十数年が経ち我が子に再会した時、
    子供は決して「お母さん」とは呼ばなかったという母親サイドの話を聞いたことがあります。
    一番の理解者であり一番に守ってくれるはずの人から捨てられるというのは
    想像でしかありませんが、土台を失ったように自己がなくなり、痛く辛いことだと思います。

    ところで、彼は女性と出会い幸福に暮らしているそうです。

    お父さんの元恋人は凄いなぁ~の一言です。
    元恋人は精神的にも経済的にも余裕があったのかもしれませんが、中々できないことですよね。

  2. 私は実は、実子でなくても子供が欲しい、子育てしたいひとなので、感慨深く読みました。
    ゲイに対する嫌悪感は、きっと彼の場合、育ててくれた方に対する感謝で薄いのではないでしょうか。
    子供をあまり愛せない実の親に嫌々育てられるよほどよかったと思います。
    それに、育ててくれた彼にとっても。
    お互いが幸福を感じられたのではないでしょうか。
    ただ、彼は自分を捨てた母親を許せているのでしょうか。
    女性に対して信頼を抱けるのでしょうか。
    性的にはストレートだとしても、少し考えてしまいました。

    メリル・ストリープとニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーアが出ていた「めぐり合う時間たち」をなんだか思い出しました(また観たくなりました)。

  3. momoたん

    彼女の子供の成長が楽しみな性転換して男になった男性
    や元彼の子供を世話したゲイガイ。
    私も他人の子供を愛せるのかな??とあれこれ想定しています。

  4. 素晴らしい人がいるもんですね。感動しました。自分を置いていった人の子を。。。はぁ。切ない。
    以前レズの方が(と言ってもトランスジェンダーで、女だけど外見は男)6年付き合ってた彼女には前の夫との子がいて、その子の成長だけは気になるって言ってました。
    愛は血を超えるのでしょうね。

コメントは受け付けていません。